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核抑止に向き合う 長崎から問う被爆国の針路・1 【広島ビジョン】 弱まる「タブー視」に危機感

2023/07/31 掲載

 「原爆で焼かれて多くの人が一瞬にして亡くなりました。生き残った人も病気や差別や偏見に苦しんできました。私もそうです」
 5月19日、長崎県長崎市の被爆者、小峰秀孝さん(82)が市内の長崎原爆資料館で修学旅行生に被爆体験を語った。4歳の時に爆心地から1・3キロの自宅近くで被爆。両手両足と腹部に大やけどを負い、生死の境をさまよった。熱傷で足先が変形し、小学校で「腐れ足」といじめられた。「被爆者のくせに」。就職や結婚にも差別や偏見が暗い影を落とした。
 「話したくもない話をするのは知ってほしいから。被爆者がどういう人生を歩んできたか」。小峰さんの声が会場に響いた。
 同じ日、もう一つの被爆地広島で先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)が始まり、岸田文雄首相やバイデン米大統領らG7首脳が原爆資料館を視察した。
 核軍縮の決意を示す広島ビジョンを発表し、核兵器のない世界という「究極の目標」へのG7の関与を確認。ロシアによる核威嚇や中国の核戦力増強を非難する一方、G7側が保有する核兵器に関し「防衛目的のために役割を果たす」と明記し抑止力を正当化した。
 核兵器で反撃する意思と能力を示すことで他国の核攻撃を思いとどまらせる「核抑止力」。日本は唯一の戦争被爆国ながら、米国の「核の傘」に依存する。
 核抑止の役割をあえて明記した理由について、長崎大多文化社会学部の西田充教授(軍備管理・軍縮・不拡散)は「日本周辺の安全保障環境が急激に悪化する中、各国首脳の資料館訪問や核なき世界への表明により、抑止力の低下という誤解を中国やロシア、北朝鮮に与えないためだろう」とみる。
 サミット閉幕時の記者会見。「核抑止力への依存は核廃絶への思いと相いれないのでは」と問われ、岸田首相は「厳しい安全保障環境の中で、現実的かつ実践的な取り組みを力強く進める」とし、「決して矛盾しない」と強調した。
 広島ビジョンは「核兵器不使用の継続」など従来の政策の延長線上でまとめられたもので、「核なき世界」への具体的な道筋は見えず、核兵器禁止条約への言及もなかった。小峰さんは「形だけ。何のために被爆地に来たのか。核兵器が人類に何をもたらすか、真剣に考えてほしい」と落胆の表情を浮かべた。
 サミット閉幕後の5月下旬。8月9日の平和祈念式典で長崎市長が読み上げる平和宣言文の起草委員会が初会合を開いた。核の脅威の高まりに、長崎大核兵器廃絶研究センターの初代センター長、梅林宏道さん(85)はこう危機感を表した。「核兵器を使うこと、頼ることをタブー視する風潮が弱まっている。被爆の実相が(世界に)十分伝わっていない。人々のむごい生き死にや、生涯続く放射能被害について、例年よりも行数を割く必要がある」
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 ロシアが核のどう喝を繰り返すなど、核使用リスクが高まる中で開かれたG7広島サミット。日本や核保有国を含む7カ国の首脳らは核軍縮に焦点を当てた広島ビジョンを取りまとめたが核抑止力を正当化する文言が入り、被爆地の願いと逆行する現実を突きつけた。長崎の被爆者や研究者、市民らはどう向き合うのか。核抑止力を巡る歴史的な経緯や現状を見詰め、被爆国日本の針路を考える。