「ばびの部屋」は、長崎県五島市の商店街の一角にあるスナックだ。扉を開けると、カウンター越しに柔らかな笑顔で迎えてくれるのが、「ばびちゃん」こと佐藤康剛さん(45)=埼玉県出身=。自身が性的少数者(LGBT)であることを公表し、悩み相談の地元ラジオ番組「ばびの部屋」への出演や市の広報誌での執筆など、島の中で“ありのままの自分”を発信し続けている。
佐藤さんが五島と出合ったのは2018年。東京で役者を目指し、バイトや派遣の仕事で生活費を稼ぎながら芝居を続けていた頃だった。気晴らしに出かけた長崎一周の旅で、最後の2日間を福江島で過ごし、観光バスの車窓から海を眺めていた時、不意に涙があふれた。
「晴れていたわけでも、絶景に感動したわけでもなかった。ただ自然と涙が止まらなくなって。堂崎教会でお祈りをしたら、『五島のために何かしたい』という思いが湧いてきた」。帰京後も消えなかったその思いに導かれ、その年の7月に五島へ移住した。
さまざまな職を経験しながら模索を続け、得意な人と接する仕事としてたどり着いたのがスナックだった。以前、間借りでマンゴーパフェを販売していた際に「ばびちゃんと話したかったのに、全然話せなかった」と言われた経験が転機となり、「対話が主になる空間をつくりたい」と酒も飲めずスナック経験もないまま開業した。
佐藤さんが自身のセクシュアリティーに気づいたのは小学生の頃。自然と女性よりも男性に目が向いていた。中学時代、テレビで「ゲイ」「オカマ」といった言葉を知ると同時に、それが「さげすまれる存在」だと認識。誰にも言えず、「オカマ」と揶揄(やゆ)された経験から心を閉ざし、「死んだほうが楽かもしれない」と思い詰めたこともあった。親の「孫の顔が見たい」という言葉も重荷だった。
19歳の時、「もう1人では抱えきれない」と、勘当される覚悟で両親にカミングアウト。3人で号泣した後、父が「悩んでいたことに気付いてやれなくてごめん。お前が息子であることに変わりはない」と受け止めてくれた。その優しさに、初めて救いを感じたという。
店に、LGBTの当事者が顔を出すことはない。「(性的少数者だと)バレたくないから、誰も来られない」。だからこそ、自らがオープンに存在することで「誰かの支えになれば」と願う。広報誌のコラムを読んで涙ぐみながら店を訪ねてくれた女性、交流サイト(SNS)で紹介した恋愛リアリティー番組を見て「彼らの恋愛がすごく自然だった」と感動を語ってくれる異性愛の男性…。島での出会いが、確かな手応えを生んでいる。
「島や田舎でも、ゲイというラベルではなく“ばび”という一人の人間として関わってくれる人がいることが、何よりうれしい」。今後は「店とラジオを続け、五島でもLGBT当事者が楽しく生きられるということを外に向けて発信したい」と意欲。「1人じゃないよ」と、かつての自分に伝えたい言葉を今は悩める誰かに届けている。
水を飲みながら話す「ばびちゃん」の姿には、五島という場所と人を信じ、自分らしく生きる力があふれていた。
佐藤さんが五島と出合ったのは2018年。東京で役者を目指し、バイトや派遣の仕事で生活費を稼ぎながら芝居を続けていた頃だった。気晴らしに出かけた長崎一周の旅で、最後の2日間を福江島で過ごし、観光バスの車窓から海を眺めていた時、不意に涙があふれた。
「晴れていたわけでも、絶景に感動したわけでもなかった。ただ自然と涙が止まらなくなって。堂崎教会でお祈りをしたら、『五島のために何かしたい』という思いが湧いてきた」。帰京後も消えなかったその思いに導かれ、その年の7月に五島へ移住した。
さまざまな職を経験しながら模索を続け、得意な人と接する仕事としてたどり着いたのがスナックだった。以前、間借りでマンゴーパフェを販売していた際に「ばびちゃんと話したかったのに、全然話せなかった」と言われた経験が転機となり、「対話が主になる空間をつくりたい」と酒も飲めずスナック経験もないまま開業した。
佐藤さんが自身のセクシュアリティーに気づいたのは小学生の頃。自然と女性よりも男性に目が向いていた。中学時代、テレビで「ゲイ」「オカマ」といった言葉を知ると同時に、それが「さげすまれる存在」だと認識。誰にも言えず、「オカマ」と揶揄(やゆ)された経験から心を閉ざし、「死んだほうが楽かもしれない」と思い詰めたこともあった。親の「孫の顔が見たい」という言葉も重荷だった。
19歳の時、「もう1人では抱えきれない」と、勘当される覚悟で両親にカミングアウト。3人で号泣した後、父が「悩んでいたことに気付いてやれなくてごめん。お前が息子であることに変わりはない」と受け止めてくれた。その優しさに、初めて救いを感じたという。
店に、LGBTの当事者が顔を出すことはない。「(性的少数者だと)バレたくないから、誰も来られない」。だからこそ、自らがオープンに存在することで「誰かの支えになれば」と願う。広報誌のコラムを読んで涙ぐみながら店を訪ねてくれた女性、交流サイト(SNS)で紹介した恋愛リアリティー番組を見て「彼らの恋愛がすごく自然だった」と感動を語ってくれる異性愛の男性…。島での出会いが、確かな手応えを生んでいる。
「島や田舎でも、ゲイというラベルではなく“ばび”という一人の人間として関わってくれる人がいることが、何よりうれしい」。今後は「店とラジオを続け、五島でもLGBT当事者が楽しく生きられるということを外に向けて発信したい」と意欲。「1人じゃないよ」と、かつての自分に伝えたい言葉を今は悩める誰かに届けている。
水を飲みながら話す「ばびちゃん」の姿には、五島という場所と人を信じ、自分らしく生きる力があふれていた。