「蟻(あり)穴を出(い)づ」という春の季語がある。きのうは二十四節気の啓蟄(けいちつ)で、冬ごもりの虫たちが地上に這(は)い出す頃をいう。春の気配に虫も浮き浮きしているさまが思い浮かぶ▲英語のことわざに〈3月はライオンのようにやってきて、子羊のように去る〉というのがある。今時分は列島の上空で、冷たい冬の空気と暖かい春の空気が前線を挟んでぶつかり合い、時に春の嵐が暴れる「ライオンの季節」らしい▲列島を見渡せば、低気圧の接近で湿った雪が降ったりと、不安定な天候が続く。やがて移動性高気圧がうららかな春をもたらし、「子羊の季節」に移っていく▲虫だけでなく、人もまた、季節の移ろいを感じる頃になった。きのうは公立高校の合格発表があり、“春到来”の知らせを喜んだ人と、悔し涙の人と、思いが交差した。別れが寂しい季節でもある▲詩人まど・みちおさんの詩に「アリ」と題する一編がある。〈いのちだけが はだかで/きらきらと/はたらいているように見える/ほんの そっとでも/さわったら/火花が とびちりそうに…〉▲穴をごそごそ出たあとの、小さくてむき出しの命が輝くさまを切り取っている。これから新たな道を歩む若い人も同じだろう。春の嵐もやがて収まり、命が「きらきらとはたらく」春はすぐそこにある。(徹)
蟻穴を出づ
長崎新聞 2025/03/06 [10:00] 公開