梅がほころびる頃になっても、寒さはまだまだ身に染みる。歌人、俵万智さんの一首が心にふと浮かんだ。〈「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ〉。返事をくれる人がいるだけで心が温まる▲では、もしも「つらいよ」と話しかけたらどうだろう。「そうだね、本当につらいね」と返事があれば、それだけで凍える心も少しばかり温まるのかもしれない▲多くの人が、その「つらいよ」のひと言を心にとどめてきたらしい。虐待を受けたりした若者を支援する民間団体の調査で、子どもの頃に虐待を経験した10~60代のうち75%が「学校の先生に相談しなかった」と答えたという▲「あんないい親なのに、虐待はあり得ない」。相談してもそう言われるだけだった、という回答もある。どうせ分かってもらえない。心でそうつぶやいて、口ごもる子も少なくあるまい▲「つらいよ」と言えば「つらいね」と返す。言葉が交差する数を増やし、諦めの「どうせ」を減らす。その営みを積み重ねるしかないのだろう▲俵さんが選者の歌集「花咲くうた」(中公文庫)にある。〈虐待の「ギャ」の音苦し液晶のテレビの外へ流れゆきけり〉斎藤典子。「ギャ」とは子どもの叫び声のようでもある。大人が耳を澄まさないと、その声は聞こえない。(徹)
つらいよ、つらいね
長崎新聞 2023/02/16 [11:00] 公開