寄り添う言葉

長崎新聞 2023/01/18 [11:00] 公開

 その人は幼少の頃、自分のルーツが韓国にあると知り「僕は何者なのか」と考え続けた。人の心に関心を持ち、精神科医の道に進む。神戸大の付属病院に勤めていたとき、被災者になった▲同時に、被災者に寄り添う人にもなる。阪神大震災に遭い、打ちひしがれる人々の話をひたすら聞き続けた。ある日、避難所で女性に打ち明けられる。「助けてって、声が聞こえるんです」▲地震のとき、火の手から逃れる女性は叫び声を聞いた。「助けて、誰か助けて」。なにぶん必死で、声を背後に残して逃げた。それが今も耳の奥で鳴るのだ、と▲体とは限らない。人は災害や思いがけない出来事で、心にも傷を負う。2000年に39歳で病死した安克昌(あんかつまさ)医師の著書に基づく映画「心の傷を癒(いや)すということ」は、震災の頃はよく知られていなかった「心のケア」が物語の幹となる▲阪神大震災から28年たち、多くの人が慰霊碑に花をささげた。忘れられない。忘れてはならない。そう思う心に寄り添う人は、寄り添う言葉はあったろうか▲被災し、昨年亡くなった詩人の安水稔和(やすみずとしかず)さんは「これは」と題してつづった。〈これはいつかあったこと/これはいつかあること/だからよく記憶すること/…このさき/わたしたちが生きのびるために〉。寄り添う言葉を胸に刻む。(徹)