生きづらさ抱える視覚障害者 新しい生活様式、感染防止の取り組み「壁」に

2020/06/05 [11:34] 公開

視覚障害がある人同士で、助け合って歩く当事者=佐世保市内

 新型コロナウイルスの感染拡大で、マスク着用や人と人との距離の確保など「新しい生活様式」が求められている。日常生活のさまざまな場面でサポートを必要とする視覚障害者たちはどのような状況に置かれているのか。長崎県内の当事者たちの声を聞いた。
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 県などによると、県内の視覚障害者数は約5400人。障害の程度に応じて、家事援助などの居宅介護サービスや、同行援護などの障害福祉サービスを受けている。ボランティア団体などが、役所の広報誌などを音読・録音したCDなども貴重な生活情報源だ。
 「新しい生活様式は、障害者のことを全く考えてない」。佐世保市で鍼灸(しんきゅう)院を営む全盲の牟田口達也さんは口調を強めて言った。
 新型コロナをきっかけに視覚障害者を取り巻く環境は変わった。
 「3密」を避けるため、スーパーなどの床に間隔テープが貼られているが、それが見えない。トレーに置かれたおつりも取れない。飛沫防止シートも店員の声が聞こえづらい。
 視覚障害者は、外出時に移動の手引きなどをしてもらう「同行援護」を利用することが多いが、「ソーシャルディスタンスを取るのは無理」と男性。感染防止で推奨される取り組みの多くが、障害者にとって「壁」になっている。
 全国民に一律10万円を配る特別定額給付金の申請にも支障を来している。オンラインで申請する場合、振込先口座の確認書類を撮影してアップロードする必要があるが、撮影もアップロードもできない。郵送の場合も一人では記入が困難。西彼時津町の男性は「介助者などに頼めば口座番号などの情報を見られることになる。抵抗はあるが、そういう状況を諦めている人は多い」と実情を明かす。
 こうした状況を受け、日本視覚障害者団体連合(東京)は4、5月、政府に要望書を提出。障害者への同行援護や、コロナ関連の経済支援策の申請に関する代筆・代読支援などの公的福祉サービスを確実に受けられるようにすることなどを求めた。政府は、同行援護者が買い物代行などもできる特例措置を決定したが、当事者間では「不十分だ」との声が上がる。
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 何人もの当事者に取材して意外だったのは、必要最低限の福祉サービスを受けていれば、コロナ禍でも「特に困っていることはない」と話す障害者が少なくなかったことだ。
 ただ、よくよく話を聞いてみると「テークアウトの情報が入ってこないから利用できない」「手で触って人や物を判別するが、このご時世触りづらい」「外出が減った」など影響は確実に出ていた。
 佐世保市黒髪町に住む弱視の後藤郁子さん(60)は「困り事があるのが私たちにとっての『普通』。だからコロナの影響にも疎いのよ」と声を落とす。
 福祉問題に詳しい長崎国際大人間社会学部の木下一雄講師は、健常者を前提とした「新しい生活様式」の中で視覚障害者が取り残されていると危惧。「障害者の声をしっかり聞き取り、コロナ禍での政策に反映させる必要がある」と指摘している。
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 ある男性当事者の言葉が印象的だった。
 「バリアフリー」とは人の手を借りず、障害者が一人で何でもできる状況を指すのではない。必要に応じて周囲が支援しながら、障害者が一人ででもできる環境を整えていくことだ-。
 第2波、第3波への警戒感が強まる中、コロナとの共生はもちろんだが、障害者との共生、ノーマライゼーションの理念についてもいま一度考えることが求められている。