名伯楽、逝く

長崎新聞 2019/04/25 [10:08] 公開

 昔、馬の良しあしをよく見分ける人がいた。その名前から、素質ある若者を見いだし、育てる人を伯楽と言う。やたらと厳しい指導者を、そうは言うまい。「名伯楽」と聞けば、熱い心と温かい言葉で、やる気、才能を引き出す人を思わせる▲名選手を育てた軌跡と、朗らかな笑顔と、残した温かな言葉を振り返り、伯楽とはこんな人を言うのだろうと合点する。陸上女子長距離の名指導者、小出義雄さんが80歳で亡くなった▲五輪のマラソンで2大会続けてメダルを手にした有森裕子さん、金メダルに輝いた高橋尚子さんら、小出さんの“並走”で才華を輝かせた選手は数多い。その指導法は、巧みで繊細で、挑戦的だったとされる▲高橋さんには五輪に向けて、米国の標高3千メートル級の高地という厳しい練習環境を与えた。「誰もやったことのないことをやらないと世界一になれない」。走り込んだ経験が身体効果と自信をもたらし、金メダルにつながったという▲選手が負ければ「せっかく負けたんだ」と慰め、けがをすれば「せっかく負傷したんだ」と励ました。無駄なことは何一つない、つらい経験を生かすんだよ、と▲もがいている若い人、くじけそうな人に、伯楽が空の上から掛ける言葉は何だろう。前をお向きなさい、せっかくの人生だ。どこかで声がする。(徹)