「長崎橘湾岸マラニック」320キロ 棄権・失格ランナーの思いとは… 収容した記者が見た横顔【ルポ】

2023/12/23 [12:41] 公開

雲仙に続く坂道を登るランナーたち=南島原市有家町(ランナーの藤岡英嗣さん撮影、一部加工)

 最長320キロ、長崎県南6市町を昼夜問わず制限時間内に踏破する「長崎橘湾岸スーパーマラニック」が先月開催された。全国から集まったウルトラランナーは3部門に計267人。私(記者)はボランティアスタッフとして、途中で棄権・失格したランナーを車に収容する役目を担った。疲れ切った彼らに心境を聞くと、悔しさをかみしめながらリタイアの原因や対策を自問。もう再挑戦が始まっていた。

 大会初日、日中の最高気温は26度を超えた。午前5時に長崎市の出島をスタートした渡邉智香子さん(47)=宮崎県=は、次第に脚の筋肉がこわばり、胃が食べ物を受け付けなくなった。「熱中症かな。何度休んでもしんどくて。以前の大会でも暑さで苦しんだのに反省を生かせなかった。でも自分からは諦めたくなかった」。127キロ地点、野母崎半島先端の樺島で、2日目午前4時の関門時間に間に合わなかった。
 小場佐雅浩さん(62)=熊本県=は15回目の出場、320キロ部門も2回完走した猛者だが「油断があった」という。序盤、新調した小物入れベルトやシューズが合わず「骨や筋肉の動きを妨げた」ため失速。締め具合いを調整し直し、遅れを取り戻そうとスピードを上げたが、目まいもするように。「年を取っても体力筋力は維持できるが、反射神経は衰えた」。車も通る公道でふらつくのは危ない。大事を取り、182キロ地点、諫早市の飯盛峠で棄権した。「悔しいよ。でも無理し過ぎて(出場者仲間との)打ち上げに参加できなくなるのは嫌だからね」と笑った。
 「う~ん卒業できず留年かぁ」。最終日の3日目午前10時ごろ、274キロ地点の島原城で高橋尚美さん(53)=北海道=は天を仰いだ。夜明け前、口之津付近で上半身が横に傾き始めた。脚も胃腸も気力も大丈夫だったが、体が曲がった状態では思うように進めない。眉山の急登で引き返し、収容スタッフもいる島原城エイドステーションまで戻ってきた。「安全に走れるのはサポートのおかげ。人がいない所で動けなくなって迷惑をかけたくない」。それでも途中、各エイドで出される豚汁やカレーがおいしく、海岸沿いで見る夕日や朝日はきれいだった。「交通費や参加料の分は楽しめた。また来ます」。そう誓って収容車の中で眠りに落ちた。

320キロ部門

 高津啓一さん(73)と美佳さん(60)夫妻=福岡県=は、320キロ部門コースの後半を走る103キロ部門に出場した。半月板損傷から回復途上の啓一さんは「力不足だけど挑戦」したが、雲仙温泉街の関門午後3時をオーバーした。ゴールまであと16キロ。出場9回目にして初リタイアとなったが表情は爽やか。「きつくて、眠くて、何度もやめようと思った。妻に引っ張ってもらい、ここまでたどり着けた」。美佳さんは「景色もエイドも楽しめ、いい旅だった。健康ってありがたいですね」とほほ笑んだ。
 夕刻、小浜南本町公民館に続々とゴールし、歓喜する完走者たち。その中に2日目の関門時間に間に合わなかった渡邉さんもいた。「自分にはもう無理」と観念したものの、「せっかく練習してきたんだし」。記録が残らないオープン参加で後半103キロを元気に走り切った。宮崎に戻った頃になって涙がこぼれた。1年後の再チャレンジに向け決心がついた。

◎ズーム/長崎橘湾岸スーパーマラニック

 マラニックはマラソンとピクニックを合わせた造語。出場者は信号など交通ルールを順守する。320キロ、276キロ、217キロ、173キロ、103キロ、80キロ、55キロの7部門のいずれかを毎年2回開催している。出場者の走力に応じてスタート時刻を段階的に設定。途中のチェックポイントを関門時間以内に通過しなければ失格となる。今秋の320キロ部門完走者の所要タイムは45時間~60時間だった。ポータルサイト「ランネット」で来年5月の出場者募集中。