『石木ダム』推進に執念 県と“温度差”も <検証・佐世保市政 朝長市長4期16年②>

2023/02/28 [11:20] 公開

石木ダム建設促進の集会で買受権に言及する朝長市長(中央)=佐世保市光月町、市体育文化館

 長崎県と佐世保市が東彼川棚町に計画する石木ダム建設事業を巡り、市と推進団体は昨年9月、市中心部で400人規模の集会を開いた。市担当者は、市長の朝長則男(74)があいさつで発した「想定外」の言葉に驚いた。
 買受権-。既に県が収用した建設用地を元所有者の住民が買い戻すこの権利について、朝長が初めて言及。1年後に発生する可能性があるとして「正念場だ」と訴えた。
 土地収用法は、事業認定告示日から10年後に収用地の「全部を事業の用に供しなかったとき」に買受権が生じると規定。市は今年9月に10年を迎える石木ダムへの影響を懸念していたが、この集会で触れるシナリオはなかった。市担当者は「市長が先手を打った」。並々ならぬ執念を感じた。
 朝長は2007年の市長就任直後からたびたび、建設予定地の反対住民13世帯を戸別に訪ね説得に当たった。だが県と市が事業認定を申請した09年以降は、住民の猛反発を受けて訪問を控えている。
 翌10年、知事が金子原二郎から中村法道に交代。朝長は常に知事と歩調を合わせ、行政手続きなどの判断について「事業主体の県に任せている」と繰り返し述べてきた。
 ところが、昨年2月の知事選で当時39歳の大石賢吾が中村を破って初当選すると、県との間で方針のずれが広がる。大石は反対住民を説得する「対話」を優先。過去の司法判断でダムの必要性は確定した、と考える朝長は「議論が蒸し返される」と危機感を募らせた。
 2人の“温度差”が出はじめたのが同9月の推進集会だった。当初、招待状を受け取った大石は「公務で欠席する」と返答し、市側が不満を示した。結果的に出席したが、当日は「公務」で途中退席した。こうした経緯で「市長の買受権発言につながった」という見方もある。
 買受権は過去に判例がなく、県は「工事は進めており発生しない」との見解を崩さない。さらに大石は同11月、市内で市民団体「石木川まもり隊」などとも対話。同団体代表の松本美智恵(71)は「知事と違い、市長は反対する市民の声を聞いてくれない」と批判を強める。
 同12月、朝長は推進派市議と共に県庁を訪問。大石と向き合い、強制収用した事業用地での着工を迫った。買受権の発生を改めて危ぐし「知事の政治責任につながる」とも。県の立場を尊重してきた朝長の「らしくない発言」(市議)まで飛び出し、両者の間に一瞬緊張が走った。
 石木ダムを巡る県市の「見解の相違」。それを埋める作業は容易ではない。=文中敬称略=