取り残された「被爆者」 体験者訴訟判決を前に 4

住民の最大被ばく線量

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取り残された「被爆者」 体験者訴訟判決を前に 4 黒い雨
広範囲にプルトニウム
未指定地域で最大25ミリシーベルト

2012/03/14 掲載

取り残された「被爆者」 体験者訴訟判決を前に 4

住民の最大被ばく線量

黒い雨
広範囲にプルトニウム
未指定地域で最大25ミリシーベルト

被爆体験者訴訟の原告が原子雲の下で浴びたと訴える灰などの放射性降下物。深く記憶に刻まれているのが雨粒に粉じんなどを含んで濁った「黒い雨」だ。

「だんだん空が暗くなってきて太陽が真っ赤になった。すると突然、黒い雨が降ってきてずぶぬれになった。急いで家に帰った。翌朝、母が川で服を洗うと黒い汚れがたくさん流れ出た」。爆心地から11キロの長崎市戸石町で11歳のとき、原爆に遭った原告の里輝男(78)=同町=が語る。里は27歳で甲状腺がんを患った。

原爆投下後の雨は、空気中に漂う放射性物質を地上に運ぶ役割を果たした。どれほどの危険性があり、どこに降ったのだろうか。同市東部の間の瀬地区などで黒い雨調査を進める県保険医協会副会長の本田孝也(56)は「長崎は広島と違って黒い雨の調査を詳細にやってこなかった」と話す。

一定の降雨データがあるのは、原爆投下後にかなりの雨が降ったとされる被爆地域の西山地区だ。1945年10月、九州大調査団は西山水源地を中心に自然放射線量の100~200倍を超える「放射能強度」を検出。70年代の米国の原爆傷害調査委員会(ABCC)と長崎大の調査では、西山地区の一部住民から非被爆者の2倍前後の放射性セシウムを確認。87年、長崎大医学部教授らは西山・木場地区住民が非被爆者と比べ約4・3倍の高率で甲状腺異常を発症するという調査結果を発表。これらは黒い雨の危険度を一定示している。

県と市が被爆地域拡大是正に必要な根拠を見いだすため委託した90年の長崎原爆残留放射能プルトニウム調査では、12キロ圏外の北高飯盛町(現諫早市)までの広範囲の土壌で原爆由来のプルトニウムを検出=図=。未指定地域の被ばく線量は最大で、25ミリシーベルトの実効線量に相当する2・5センチグレイ(長崎市かき道1丁目)と推定した。これに対し94年、当時の厚生省が委託した同調査報告書検討班は、2・5センチグレイの健康影響は実際的には無視できるほど小さいとし、「(未指定地域では)長崎原爆の放射性降下物の残留放射能による健康影響はない」と結論づけた。だが本田は疑問を呈する。

「福島原発事故を経験した今、国は25ミリシーベルトを健康被害のない値と言い切ることはできない。当時の未指定地域住民が原爆由来の一定線量の被ばくをした事実、原告ががんなどを患っている事実を前に、司法はどう判断するのか」