「災害」福島から 被災の記憶 後世に継承 長崎、広島との連携計画

2021/01/15 [17:00] 公開

伝承館の展示フロア。津波到達時刻で止まった時計や基礎ごと流されたポストなど被災物が並ぶ=福島県双葉町

 津波で基礎ごと流されたポストや変形した側溝のふた、津波到達時刻で止まった時計-。避難所で使われた石油ストーブや毛布が、過酷な避難生活の一端を伝えていた。

■就任
 東京電力福島第1原発事故の記憶や教訓を後世に伝えるため、福島県が2020年9月、双葉町に開設した「東日本大震災・原子力災害伝承館」。旧ソ連のチェルノブイリ原発事故や福島第1原発事故で支援活動に携わり、初代館長に就いた長崎大原爆後障害医療研究所の高村昇教授(52)は「類を見ない原子力災害から得られた教訓をしっかり伝え、学んでもらう施設にしていきたい」と語る。
 同町は福島第1原発の立地自治体の一つ。原発事故後は全域で避難指示が続き、今なお、町全体の9割超が放射線量の高い「帰還困難区域」になっている。

伝承館と被爆地の連携などについて語る高村館長

 高村は、原発事故後のチェルノブイリで医療・研究支援に従事。福島第1原発事故では、福島県の放射線健康リスク管理アドバイザーとして放射線の知識を伝え、健康相談などに携わった。現在も長崎大が包括連携協定を結ぶ同県川内村、富岡町、大熊町を中心に復興支援に当たる。こうした実績などを踏まえ、同県が館長就任を要請した。

■収集
 帰還困難区域外のJR双葉駅周辺に総工費約53億円をかけて整備された伝承館は、地上3階建て敷地面積約3万5千平方メートル。展示エリアは六つに分かれ、震災や原発事故の発生から復興に至るまでを時系列で紹介している。収蔵資料は、被災した県内各地の学校や施設などから収集した約24万点に上る。
 研修室もあり、放射線について学ぶセミナーなどを随時開催。県内には震災関係施設は複数整備されているが、災害対応の専門家育成の場としても活用されていることが伝承館の特徴という。

震災や原発事故の記憶などを伝える語り部。講話は1日4回実施されている

 1階シアターで震災直後の様子などを伝える実写映像を視聴した後、らせん状のスロープで2階へ上った。目に飛び込んできたのは、原発の町にかつて掲げられていたキャッチフレーズの写真パネル。「原子力明るい未来のエネルギー」の言葉が、今となっては皮肉だ。一角では、語り部が被災状況や復興への取り組みを来館者に話していた。

 屋上から帰還困難区域を望んだ。除染廃棄物の中間貯蔵施設、無人の民家、放置されたままの車-。津波や放射線災害の爪痕が生々しい。
 開館以来、修学旅行や社会科見学の生徒なども多く訪れ、新型コロナウイルス禍の中、開館2カ月半で約2万7千人が来館。「手応えを感じている」(高村)が、展示内容や手法については試行錯誤が続く。

伝承館屋上からは中間貯蔵施設の一部が見える

■意義
 伝承館には、「事故の反省をもっと詳しく展示すべきだ」という指摘のほか、被災者からは「津波の映像は見たくない」などの声が寄せられている。実際に来館者に感想を聞いてみた。「故郷を追われ自殺した人や、避難中に亡くなった人の話があまり感じられない」。いわき市の川口広子(69)はこう話し、災害関連死に関する説明などの充実を求めた。
 今後、大きな鍵となるのが被爆地の長崎や広島との連携だ。被爆地と被災地の語り部の相互派遣、被爆・被災資料の交流展示などが考えられ、「被爆地の経験を福島の人が学ぶことができる点で、非常に意義がある」(高村)。
 3月で震災、原発事故から10年。教訓を次世代に継承できるか、特に被災地以外での記憶の風化も懸念されている。「福島のことを知り、風化させないことが一番。コロナ禍で直接訪れることは難しいが、福島は今どうなっているかを調べ、現地の食材を買うなどして思いをはせてほしい」。高村はこう呼び掛ける。=敬称略=

2020年9月にオープンした伝承館