「福沢諭吉 諫早で大酒を呑む」 ゆかりの地に看板設置

2020/06/21 [23:50] 公開

看板「福沢諭吉 諫早で大酒を呑む」の除幕を祝う関係者=諫早市天満町

 江戸時代の長崎街道の一部、多良海道の起点である諫早市の旧永昌宿近くで、慶応義塾大の創立者、福沢諭吉が酒を飲んだという故事にちなみ、「福沢諭吉 諫早で大酒を呑(の)む」と題した看板が19日、同市天満町の県酒造組合そばの壁面に設置された。諫早ロータリークラブ(RC、酒井明仁会長)の創立60周年記念事業の最後の1枚で、同大同窓生でつくる長崎県央三田会(長島吉實会長)が協力した。
 多良海道は旧永昌宿と旧塩田宿(佐賀県嬉野市)を結ぶ約48キロ。諫早RCは2017年から3年かけて、旧永昌宿から諫早市高来町の湯江追分までの約150カ所に案内板やステッカーを設置。今回で完了した。
 若き日の福沢が1854年、長崎で蘭(らん)学を学び、多良海道を経て大分県中津に帰る途中、諫早の酒店で酒をあおるように飲んだと史実が残されているという。
 同三田会と同RCは、福沢ゆかりの酒店跡が多良海道沿いにあることを知り、看板の設置を決めた。除幕式には約30人が集まり、完成を祝った。長島会長は「歴史的に貴重な場所。多良海道を歩く人に知ってほしい」と話した。
 看板には説明文のほか、酒屋跡で明治期から昭和35年まで営まれていた酒造場の古写真や酒のラベルも掲載。酒造場の子孫に当たる竹下荘治さんは「酒造りをしていた曽祖父(ひいじじ)や祖父、父が天国から笑って見ているだろう」と話した。