隻腕の球児 創成館・坂井陸剛 アボット選手のように

2019/05/12 [00:05] 公開

右腕だけでティー打撃に励む坂井=諫早市、創成館高野球場

-「甲子園で優勝したい」

 右手で捕球した後、グラブを素早く左脇に挟み、再び右手でボールを投げる。バットは左打席で右腕一本で振る-。先天性の左前腕欠損。そんなハンディがありながら、古里の島を離れて、今春、部員約120人の強豪校の門をたたいた高校球児がいる。創成館の1年生、坂井陸剛(りくと)(15)。「可能性があるなら頑張りたい。甲子園で優勝したい」。野球への情熱は誰にも負けてはいない。

 ■ありのままを

 地元は長崎県五島市岐宿町の山あい。幼少期から父や兄とキャッチボールをして、旧山内小の低学年時にソフトボールを始めた。小学校の同級生は約10人。「赤ちゃんのころから一緒に育って分かり合っている関係。いつもうるさく過ごしていた」。友人たちが自然に理解してくれたこともあって「(障害だと)意識したことは、ほとんどない」。

 母の美穂子さん(48)が当時を振り返る。「最初はショックで何も分からなかった。でも、考えてもどうしようもない。ありのままを隠さず見てもらおうと思ってきた」。弱音を吐かず、負けず嫌いの息子は、友人たちと一緒にたくましく成長していった。

 岐宿中時代は軟式野球部で主に外野手としてプレー。当然、人一倍の努力は必要だったが、元メジャーリーガー、ジム・アボットの存在が背中を押してくれた。同じように生まれつき右腕がなかった投手に「勇気をもらった」。中学時代は目立った実績を残せなかったが「これまで迷惑をかけてきた家族に恩返しするためにも」と強い高校で上を目指そうと決意。中学3年の夏に見学した創成館を進路に選んだ。

 「私立だし無理だと思った。18歳までは一緒にいたかった」。美穂子さんは島内の県立校への進学を勧めたが、最後は息子の意志を尊重した。

 中学で部活を引退した後、自宅近くの山の展望台まで毎日のように走り込んだ。身長182センチ、体重80キロ。今年4月、他の45人の有望な新入部員に見劣りしない体つきで創成館の一員となった。

 ■覚悟がすごい

 島では経験したことのないチームの規模と激しい競争、寮生活…。日常が一変する中、すべてに「緊張感」を持って取り組んでいる。「意識が低かったり、気を抜いたりしたら、どんどん置いていかれる」。何よりも高いレベルで大好きな野球をやれていることが「楽しくて仕方がない」。

 今月3日、Bチームで練習試合に初出場。2打席目で三ゴロを放ち、一塁にヘッドスライディングして出塁した。稙田龍生監督(55)は「正直、五体満足でやるのが普通で、覚悟がすごい。でも、特別扱いはしないと最初に伝えた。いろんな面で他の選手にも刺激を与えてくれると思う。練習でも気持ちの強さが出ている」と期待を込める。

 やると決めた以上、掲げている目標も大きい。「アボット選手のようにプロで活躍したい。まずは学校生活でもだらけず、しっかりとした生徒でありたい」。美穂子さんは「試合に出るとかではなく、3年間、たくさんのことを学んで成長してくれるのが楽しみ」と見守っている。

 今年で101回目の夏を迎える高校野球。新たなスタートの年、島から飛び出した隻腕の球児の挑戦も始まった。

守備では捕球した後、グラブを素早く左脇に挟みながらボールを握って送球する=創成館高野球場