旧長醫家住宅主屋(松浦市) 佐賀長崎 身近な歴史遺産「登録文化財」巡り

2018/12/17 [00:00] 公開

 県道256号に面するうっそうとした木々の中を進むと、近代和風住宅が姿を現す。「旧長醫(ながい)家住宅主屋(しゅおく)」。大正時代の実業家、長醫秀夫氏が出身地の松浦市星鹿町に建てた別荘で、雨漏りなどで一部が痛んでいるものの、建築当時の様相を伝えている。

 長醫家は海軍との石炭取引などで財を成し、その後、佐賀県伊万里市や佐世保市で海運業を営んだ。別荘は初代社長の秀夫氏が1921年、愛する妻マサキクさんのため、海を一望できる高台に建てた。別荘近くに先祖の墓地があり、親族らが集まった際に利用した。マサキクさんは晩年をここで過ごしたという。

 建物は木造平屋(約264平方メートル)で、2003年6月に親族から松浦市に寄付され、17年5月、国登録有形文化財に指定された。長崎総合科学大の山田由香里教授(建築歴史・意匠学)は「極めて上質な数寄屋風住宅で、細部まで趣向が凝らされている。建設当時のまま手がほぼ入っておらず、大正時代の様相を良好にとどめている」と評価する。

 内部は玄関を境に、客間・居間の表の部分、台所と茶の間の裏の部分に隔てられている。それぞれの部屋や廊下などは、天井や欄間、窓ガラスなど至る所に精緻な細工が施され、秀夫氏のこだわり、大工の技術力の高さがうかがえる。

 中でも12畳座敷の床の間の意匠は格別だ。床柱に皮付きの曲木、落とし掛けにフジのツルなどが用いられ、南側の付書院には波模様の板に帆掛け船が彫り出されている。また床の間まわりは材木同士や材木と壁の接合部に狂いや隙間がなく、山田教授は「長崎県内においてもここまで技巧や意匠が秀逸なものは少ない」と絶賛する。

 松浦市教委は昨秋に初めて一般公開し、約240人が観覧。本年度は一般公開と合わせて市民参加型の講演会を開き、「展示・学習・交流空間」を活用コンセプトとして提示した。市教委文化財課の坂本秀樹課長補佐は「住宅の認知を広げるためこの場にちなんだイベントを開催し、活用策の意見を集めたい」と話す。

 建設から間もなく1世紀を迎える同住宅。今後は松浦の歴史を物語る施設として、まちの変遷を見守り続けていくことになる。

 ■ちょっと寄り道/星鹿城山公園/特徴的な展望台

 「旧長醫家住宅主屋」がある星鹿半島を奥へと進み、小高い丘を目指すと星鹿城山(標高128メートル)にたどり着く。すぐに目に飛び込んでくるのが、全体がスロープ状で支柱と織りなすシルエットが特徴的な展望台(高さ約10メートル)だ。

 市内有数の景勝地として知られる星鹿城山は、平家の没落後に源氏に降りた豪族、加藤左衛門重氏が築いた刈萱(かるかや)城跡などがある史跡だ。

 市が2000年春に建てた展望台は、車いすでも上ることができるバリアフリー構造。最上部からは伊万里湾が一望でき、天気が良ければ壱岐、対馬までも見ることができる。そのユニークな形状と眺めの良さから人気スポットとなっている。問い合わせは松浦市食と観光のまち推進課(電0956・72・1111)。

 ■アクセス 松浦市星鹿町北久保免498。国道204号を同市中心部から平戸方面に向かい、星鹿入口交差点を右折。県道256号を進むと右手にある。一般公開はされていない。松浦市教委文化財課(電0956・72・1111)

天井や欄間、窓ガラスなど細部に至るまで精緻な意匠が施された「旧長醫家住宅主屋」内部=松浦市星鹿町
ユニークな形状が特徴の展望台=松浦市、星鹿城山公園