③元ユネスコ日本政府代表部大使 木曽功さん 世界相手に情報収集を

2017/12/25 [14:19] 公開

 文化庁の幹部職員に世界遺産のエキスパートがいない。世界遺産関係の担当部署を2、3年勤めると異動になる。これではノウハウが蓄積されない。だから国連教育科学文化機関(ユネスコ)に推すべき候補を的確に判断できない。

 ユネスコ大使を務めていたとき、「武家の古都・鎌倉」が推薦されてきた。だが「武家政権」の物語に合った物証がほとんど残っていなかった。審査する国際記念物遺跡会議(イコモス)本部からの問い合わせは皆無。案の定、不登録の勧告だった。なぜこんな候補が通ったのか。

 推薦した後はルール上、イコモスとの接触が制限される。だが推薦前ならばイコモスの中心メンバーに話を聞ける。推薦しようとしている候補に大きな問題はないか、どの候補が確実に登録が見込めるか、文化庁は世界を相手にもっと情報収集していい。

 「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」に関するイコモスの中間報告は「登録延期」の評価。過去には「石見銀山」のように登録延期勧告を受けながら、世界遺産委員会で逆転登録に持ち込んだ事例もある。日本はユネスコで発言力があり、政治的なロビー活動をすれば教会群も逆転登録を狙えないこともなかった。ただ、今回はイコモス側が対話を求めてきた。推薦を取り下げ、話し合いに応じた方が確実に登録を見込めるという判断があった。

 世界遺産の経済効果が注目され、世界中から推薦件数が増えている。だが、ユネスコの能力からして審査は年に50件程度が限界だ。日本のように世界文化遺産を多く持つ国は、現在の1年につき1件の推薦枠をいつ削られてもおかしくない。だから登録を急ぎたいのは長崎だけではない。2018年登録を目指す遺産を持つ自治体はどこも懸命に準備している。

 今夏の推薦決定を目指す4件の遺産は、いずれも一級の価値がある。中でも教会群はイコモスの助言を受けて推薦書を作成しているので、恐らく登録に一番近い。ただし一度失敗したわけだから、列の後ろに並び直すのが筋という考え方もある。どの候補を選定するのかは難しいところだ。(2016年06月17日掲載)

 【略歴】きそ・いさお 1952年広島県尾道市生まれ。東京大法学部卒。文化庁文化財部長、文部科学省国際統括官、ユネスコ日本政府代表部大使を歴任。千葉科学大学長、内閣官房参与。著書「世界遺産ビジネス」。