世界で戦う選手育てたい 三菱重工マラソン部 松村新監督 マラソン軸に強化継続【インタビュー】

2024/04/02 [11:30] 公開

黒木総監督(右)と談笑する松村監督=長崎市総合運動公園かきどまり陸上競技場

黒木総監督(右)と談笑する松村監督=長崎市総合運動公園かきどまり陸上競技場

大きい写真を見る

 長崎市を拠点に活動する三菱重工マラソン部の監督に松村康平コーチ(37)の就任が決まった。総監督に退いた黒木純前監督(52)の後を継ぎ、4月から本格的に指揮を執る。目指すところはチームがまだ成し遂げていない五輪選手の輩出と駅伝日本一。「世界で活躍する選手を育てるのが役目」と意気込むニューリーダーに強化の方針などを聞いた。

 -マラソンや駅伝で国内屈指の成績を残している実業団チームの今後を託された。
 21年間も黒木さんが監督を務めてきた。いつかは退く時が来て、それが今だったということ。現役時代やコーチ時代のように、選手との距離が近すぎてもいけないし、言うべき時は言わないといけない。黒木総監督や同期の木滑良がヘッドコーチとして支えてくれているので心強い。黒木さんは52歳だから、私が入社した時にちょうど今の自分の年齢くらいで、すでに監督をやっていたなと思い返している。

 -指導方針を。
 黒木監督、その前の児玉(泰介)監督が築いてきた三菱ならではの色がある。それはマラソンで戦う土台をつくるということ。その軸は受け継ぐ。マラソンで世界と戦う姿勢を見せて、駅伝やトラックの選手たちに波及させてチーム全体を高めていく。黒木さんが監督の時に「長崎から世界へ」というスローガンをつくった。長崎のチームだからこそ、世界と戦うというところを見せたい。地方のチームだからこそ、まとまって都市部の実業団に負けない力をつくりたい。

 -黒木さんは「私が勝負に出るタイプなら、松村は石橋をたたいて渡る手堅いタイプ。だからこそ後継者に選んだ」と言っていた。
 その通りで、逆に言えば自分に足りない部分はそこだと思っている。黒木さんはマラソンのアプローチや駅伝の区間配置でも勝負師だった。自分も必要なタイミングで勝負を打っていけるようになりたい。

 -コーチを務めた3年間、黒木さんをそばで見て学んだ部分は。
 自分はどちらかというと感覚派だった。黒木さんや木滑コーチは、選手の動きを見て変化に気づける。走るリズムやバランス、フォーム、表情が悪かったりすると見逃さない。そういう緻密な部分がとても勉強になった。

 -監督、コーチが変わっただけでなく、新たに主将を26歳の山下一貴、副主将を22歳の林田洋翔に任せた。若手に要職を委ねたのは。
 従来の体制で全日本実業団駅伝(ニューイヤー駅伝)の優勝と五輪出場を掲げたが、成し遂げられなかった。成長するための変化の一つとして体制をてこ入れした。どの実業団も若手の勢いがある。山下は感覚的にいいものを持っているし、林田は人一倍負けん気が強い。2人とも責任を感じすぎて駄目になるのではなく、自分の持っているものを周りに伝え、周りと共有することで本人の力にも変えてほしい。

 -マラソンや駅伝は高速化が進んでいる。
 今、マラソンをやるために、ある程度のスピードはマストになっている。トラックレースの記録を持っていると、マラソンや駅伝でも心に余裕ができるし、スピード感を体が覚えている。そういう観点から、2月の大阪マラソンのペースメーカーで林田を試してみた。25キロまでしっかりラップを刻んで役割を果たしたのは非常に良かった。近い将来のマラソン挑戦につながると感じている。

 【略歴】まつむら・こうへい 大阪府出身。清風高で3年連続全国高校駅伝に出場。山梨学院大3、4年時に箱根駅伝1区に出走、4年時は主将も務めた。2009年に三菱重工へ加入。14年東京マラソンで日本勢トップの2時間8分9秒で走り、同年の仁川アジア大会で銀メダルを獲得した。20年は選手兼コーチ。21年2月のびわ湖毎日マラソンを最後に現役引退してコーチに専念。24年4月に監督就任。