■中村さん歓喜の船出 県庁生活37年、初の生え抜き
投票箱が閉じ、まだ30分ほどしかたっていない午後8時半すぎ。テレビが早々と「当選確実」の速報を流すと、中村法道さんはマスコミ各社に促され、慌てて選挙事務所に飛び込んだ。「えっ、もう出たの」。半信半疑のまま、中村さんは両手に花束を抱え何度も万歳。間に合わなかった支援者もいたほどあっけない勝利だった。 中村さんは戸惑いからか硬い表情でマイクを握り「県民の総力を結集して県政を発展させたい」と、これからの責務の重さを実感するように語った。 経済危機や政権交代による激動の時代の中で、知事選を海原に出航する船に例えて戦った。「こぎ出せ長崎」。一本釣り漁師の三男に生まれ、暮らしは貧しかった。県民にこのキャッチフレーズとともに「ほうどう丸に乗り込んでほしい」と語りかけた。民主推薦候補を意識するように地元で生まれ育ち、学び、働いてきた“じげもん人生”を強調した。 自民や経済界の重鎮らの説得を受け、出馬表明したのは昨年12月24日。主な候補者の中で最も遅かった。家族の反対、一枚岩になれそうにない自民党県議団、「金子県政の亜流」との風当たり…。不安材料ばかりが頭をよぎり、迷いに迷った。だが推してくれた人々の熱意にほだされ「勝敗を度外視してもこの期待に応えたい」と決意した。 短期決戦の中、組織は中村さんの下で崩れなかった。県農政連をはじめとする支援団体は、中央から連日大量投入される民主国会議員団の“圧力”に必死に耐えた。中盤以降「リード」の観測が流れると、これまで様子見ムードだった団体、企業も雪崩を打つように推薦状を持参。事務所の壁には張りきれず、机の上に山積みされた。 中村さんは「尊敬する人」に三国志の蜀の初代皇帝劉備玄徳を挙げる。劉備は、赤壁の戦いを描いた映画「レッドクリフ」の中で、兵や民のためにわらじを編む。決して何かに秀でた大将ではない。凡庸とも言える将。ただ困っている人、助けを求める人を誰よりも大事にする劉備の下には人が集まった。「そんな姿にあこがれる」と中村さんは言う。 選挙戦中盤の14日。個人演説会の最終会場となった長崎市の脇岬地区公民館。演説会終了後、パイプいすを片づける若いスタッフの中に中村さんはスッと溶け込んだ。そして「候補は休んでいてください」と止めるスタッフに首を振り、こう言った。 「みんな頑張ってくれているから。毎日ありがとうね」。人を大事にする将がそこにいた。
2010年2月22日長崎新聞掲載
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