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長崎新聞120年の歩み6・「明治」から「大正」へ
長崎新聞120年の歩み
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「明治」から「大正」へ 「天皇崩御」の衝撃伝える

最新式輪転機も導入 しのぎ削った有力4紙

 ■連日病状など報道  一九一二(明治四十五)年七月二十日、明治天皇の病気が発表され、治療のかいなく同三十日に亡くなった。明治維新後、近代国家としてのわが国の歩みと共に生きてきた天皇の「崩御」は国民に大きな衝撃を与えた。

 県内各紙は連日、病状を報道。「東洋日の出新聞」は七月二十一日付で「聖上御危篤」の見出しで、次の記事を掲載している。

 −天皇陛下には去る十四日胃膓を御損傷十五日御嗜眠の傾きあり十八日以来御睡眠一層加わり御食氣御減少同日午後より御嗜眠の御状態にて御脳症に亘らせられ十九日夕刻一層御發熱御体温四十度五分に御昇騰御脈百〇四御呼吸三十八に亘らせらるゝ趣に拜承す

 現代語訳(天皇陛下には去る十四日、胃腸を壊し、十五日にはなかなか目が覚めない傾向となり、十八日からは眠り続ける状況になり食欲も減少。同日午後からは目が覚めない状態の中で脳症になり、十九日夕刻には発熱で体温が四〇度五分に上がった。脈は一〇四、呼吸数は三八とうかがっている)

 また、崩御を受けた翌三十一日付の「長崎新聞」(現在の長崎新聞とは無関係)は、明治天皇の肖像画を中央に据え、崩御の報を伝えたほか、皇太子(後の大正天皇)の即位、年号改定の会議(三十日から「大正」に改元)などの見出しが並んだ。

 ■「大喪の儀」と市民

 しかし、八月一日付では、これまでと打って変わって地味な扱いになる。「東洋日の出新聞」は「改元の詔書」「年号の読み方」などが一段見出しで並ぶ程度。しかし、「長崎日日新聞」(現在の長崎新聞の前身)では同四日付で「明治天皇崩御にかかわる行事情報」、同五日付には「音曲停止と国民」「御臨終の模様」などの記事を掲載している。

 葬儀に当たる「大喪の儀」は九月十三日から三日間行われた。同日付の「長崎日日新聞」は全ページ黒枠付き。一面中央には幅広の黒枠付きで横向きの明治天皇の大型写真と、約二千五百字の弔文を掲載し、ページ全体の七割を占めた。

 長崎市民の表情も十四日付号外の二面に「大葬儀と長崎」の見出しで次のように報じている。

 −十三日は朝來初秋の天晴れて一點の雲だもなく二三日前よりの時ならぬ涼しさも大に和らぎて殆ど微風だにそよぐなく近來になき好天氣なりしが、午後に入りて漸次に陰鬱の氣を催ふし、日暮頃には雨さえ加はれり、天も亦六千萬の国民と共に今日の悲しみを分かたんとするにあらん、愁ひに沈める長崎市民は各戸弔旗弔燈に家毎に哀悼の誠意を表し奉り、商家は大小おしなべて業を休み、店頭には黒其他の幔幕を打廻し、各自前後の道を掃き浄めたるのみか何れも己なき用事の爲以外は成るべく他出を遠慮して謹慎の異を表し…

 現代語訳(十三日は朝から雲一つなく、二、三日前からの涼しさも和らぎ、風もない天気だったが、午後になってだんだん天気が悪くなり、日暮れごろには雨になり天も六千万人の国民と共に(天皇とのお別れを)悲しむかのようだ。長崎市民も各家で弔旗と弔いの明かりをともして哀悼の気持ちをささげ、商家は店を休み、幔幕=まんまく=を巡らして、道を掃き清め、なるべく外出も遠慮し、謹慎の気持ちを表した…)


明治末期から大正期の県内の主な新聞 明治末期から大正期の県内の主な新聞
「長崎日日新聞」の号外

明治天皇の「大喪の儀」を伝える「長崎日日新聞」の号外

 ■互いに激しい論陣

 明治末期から大正にかけて長崎市内では四つの有力新聞がしのぎを削っていた。一つは鈴木天眼らによって一八九九(明治三十二)年に創刊された「九州日之出新聞」。その後、内紛で追われた天眼が一九〇二(明治三十五)年に創刊した「東洋日の出新聞」。さらに、〇五(明治三十八)年創刊の「長崎新聞」。一八八九(明治二十二)年九月創刊の「長崎新報」の後身として一九一一(明治四十四)年に改題、復刊した「長崎日日新聞」。これら四紙は「明治」から「大正」へと移り変わる中で、創刊時からの歴史や政党とのつながり、政治的な背景などの違いもあり互いに激しい論陣を張ることで本県言論界をリードした。

 このうち、「長崎日日新聞」は一二(大正元)年九月三十日、復刊一周年を機に社屋を長崎市西浜町から出島町に移転。最新式輪転機(津田式輪転機)を導入した。同年十月二日付一面コラム「忙中閑語」では「なぜ出島に移転したのか」の見出しで、次のように書いている。

 −我社が出島に移ったに就ては、何故繁華の濱町を去って、長崎の片隅に引込むかという人がある。併し、我輩は進んで長崎の玄關口に出張った積りである▲昔は出島といへば長崎の別名かと思わるゝ程、樞要にして繁華なる土地柄であった。此出島がある爲に、濱町あり船大工町ありという關係であった▲然るに、時勢の變遷に伴ひ、貿易港としての長崎の地位が動くと同時に、貿易の爲に繁昌した出島も亦漸く衰兆を現はし、昔日の反映は再び之を尋ぬべからずとなった(中略)▲我輩は近き將來に於ける長崎の復活を豫期して居る。同時に出島の復活もを豫期する。出島一帯が長崎の目抜の場所となるの日あることを豫想して居る。此豫期と希望の下に移轉したのである…

 現代語訳(わが社が出島に移ったことについて、なぜにぎやかな浜町から長崎の片隅に移ったのか、という人がいる。しかし、私たちは進んで長崎の玄関口に出て行ったつもりだ▲昔は出島といえば、長崎の別名かと思われるほど、重要でにぎやかな土地柄だった。出島があったから(今の繁華街の)浜町があり、船大工町があるという関係だった▲しかし、時代の移り変わりで貿易港としての長崎の地位が低下すると同時に、貿易で繁盛した出島も衰退し、昔の面影はなくなった(中略)▲私は近い将来、長崎の復活を予期している。同時に出島の復活も予期している。出島一帯が長崎の目抜き通りとなる日を想像している。この予期と希望の中で出島に移転したのだ…)

 移転を祝う披露宴では二百人余の来賓が、本県に初めて導入された最新式の輪転機を目の当たりにして驚きと称賛の声を上げたと、当時の「長崎日日新聞」は伝えている。


「長崎日日新聞」

幅広の黒枠で囲った明治天皇の大型写真を中央に据え、弔文を掲載した「長崎日日新聞」
「長崎日日新聞」

1912(大正元)年に導入した「津田式輪転機」=同年9月4日付「長崎日日新聞」から
長崎市内新聞社の広告

1919(大正8)年ごろの長崎市内新聞社の広告(上下とも)



◆メモ 津田式輪転機

 明治から昭和にかけて新聞を印刷する輪転機は、フランス人のマリノニ・イッポリットの発明した「マリノニ式」が主流だった。日本では一日に二万一千部を発行する官報印刷のため一八九〇(明治二十三)年に導入され、「東京朝日新聞」にも据えられた。この時の買い付けに同行したのが「大阪朝日新聞」の津田寅次郎だった。

 津田は一九〇四(明治三十七)年、マリノニ式を日本人の体格に合うように改良した輪転機を「大阪朝日新聞」に据え付けた。この輪転機は「津田式輪転機」と呼ばれ、その後の日本の新聞界を席巻する。

 「長崎日日新聞」は一九一二(大正元)年に長崎市西浜町から出島町に移転した際、「津田式輪転機」を導入。本県最初の輪転機による本格的な新聞発行を開始した。しかし、四五(昭和二十)年の長崎原爆で焼失した。



2008年11月8日長崎新聞掲載



<20完> 未来へ(2009年12月29日)写真有
<19> 「平成」の幕開け(2009年12月12日)写真有
<18> 昭和から平成へ(2009年11月14日)写真有
<17> 出島から茂里町へ(2009年10月10日)写真有
<16> 一県一紙へ(2009年9月12日)写真有
<15> 4紙分離と朝鮮戦争(2009年8月8日)写真有
<14> 戦後混乱期と新聞(2009年7月11日)写真有
<13> 終戦前後の新聞(2009年6月13日)写真有
<12> 戦時下の新聞(2009年5月9日)写真有
<11> 世界大恐慌とテロ(2009年4月11日)写真有
<10> 昭和初頭の長崎日日新聞<下>(2009年3月14日)写真有
<9> 昭和初頭の長崎日日新聞<上>(2009年2月14日)写真有
<8> 大正時代と新聞<下>(2009年1月10日)写真有
<7> 大正時代と新聞<上>(2008年12月13日)写真有
<6> 「明治」から「大正」へ(2008年11月8日)写真有
<5> 「長崎新報」不敬事件(2008年10月11日)写真有
<4> 日清・日露戦争と新聞(2008年9月13日)写真有
<3> 自由民権運動と新聞(2008年8月9日)写真有
<2> 西南戦争と新聞(2008年7月12日)写真有
<1> 揺籃期(2008年6月14日)写真有





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