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試練の被爆地 上 核なき世界 出発点に

2017/09/03 掲載

核なき世界 出発点に

 「一つの時代が終わった」

 2日午後。土山秀夫さん(92)の訃報を知人からの電話で知ると、核廃絶を訴える高校生1万人署名活動実行委の責任者、平野伸人さん(70)は驚きとともにそんな思いに駆られた。

 前日には、8月30日に88歳で亡くなった被爆者の谷口稜曄(すみてる)さんの告別式に出席したばかり。原爆で焼けただれた自らの「赤い背中」の写真を掲げ世界へ核廃絶を訴えた谷口さんと、国際的な視野で核軍縮の研究に取り組んだ土山さんの相次ぐ死去。

 平野さんは「谷口さんと土山さんはそれぞれ『情』と『理』で核廃絶を訴えていたが、運動の”両輪”を一度に失ったようなもの。被爆者がいない時代がすぐに来ることを象徴している」と語る。

 平野さん自身、高校生との活動などを通して、被爆者の体験や思いの「継承」という課題に向き合ってきた。だが今なお、被爆者なき時代に自分たちが果たすべき役割が明確に見えない。「その時代が来るのは避けられない。今、私たちの覚悟が試されているのではないか。何ができるのか必死に考える」と力を込める。

 2016年度末現在、長崎市が交付した被爆者健康手帳の所持者(被爆者数)は3万813人。毎年1600人以上減少しており、17年度中に3万人を割り込む可能性は高い。平均年齢は81歳を超えた。

 被爆地長崎では、随分前から「継承」への取り組みが始まっている。だが、著名な被爆者2人の相次ぐ死という現実を突きつけられ、遺志を継ごうとする人たちは焦りを募らせる。

 被爆体験記をボランティアで朗読する「被爆体験を語り継ぐ 永遠(とわ)の会」代表の大塚久子さん(59)は「危機感を抱かずにはいられない。被爆者が残した体験記などの『モノ』を無駄にせず、未来へ引き継ぎたいと一段と強く思った」。第三者が被爆者の体験を聴き取って語り継ぐ長崎市の事業に参加している長崎純心大1年、松野世菜さん(19)も「被爆者がいなくなり、原爆について何も分からなくなるのが怖い。今のうちに急いで体験を聴かないといけない」と話す。

 被爆2世で、長崎原爆被災者協議会事務局長の柿田富美枝さん(63)は言う。「残された私たちの責任が重くなっていく。私たちは未熟だけど、皆で力を合わせて『継承』に取り組むことがますます大事になる」

 ここ数年、核廃絶・平和運動を引っ張ってきた人々が次々と鬼籍に入り、被爆地長崎は試練に立たされている。「2度と被爆者を作らせない」との思いで被爆体験を継ごうとする者たち、彼らに希望を託そうとする被爆者らの声に耳を傾け、私たちが歩むべき進路を考えたい。