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東日本大震災から1年 低線量被ばく 長崎大と福島 3 自然放射線
謎の領域 インドで迫る
住み続ける歴史に着目

2012/03/06 掲載

自然放射線
謎の領域 インドで迫る
住み続ける歴史に着目

2007年11月、インド南部タミルナドゥー州の海辺。「なんだこの数値は」。長崎大先導生命科学研究支援センター教授の松田尚樹(55)=放射線生物・防護学分野=は、線量計の表示に驚いた。年間線量162・7ミリシーベルト-。

福島の原発事故では政府が年間50ミリシーベルト超を「帰還困難区域」とする方針で、これと比べても年間100ミリシーベルト(1日当たり約0・27ミリシーベルト)を超える線量は異常に高い。

人が一度に浴びる放射線が100ミリシーベルトを超えると、発がんリスクが一定割合で高まることは広島・長崎の調査で証明済み。だが100ミリシーベルト以下の低線量域の同リスクは不明。国際放射線防護委員会(ICRP)は、わずかでも被ばくすれば同リスクが高まる「しきい値なし直線モデル」を採用しているが、科学的データは不十分という。

「100ミリシーベルト以下の領域の発がんリスクは、ゼロから線量の増に合わせて直線的に増えるかもしれないし放物線かも。逆に少しぐらい浴びた方が体にいいという人さえいて、言いたい放題の世界」。こう話す松田が、低線量の謎に迫る手法の一つとして着目したのが自然放射線だ。宇宙や大地、食物、大気中のラドンなどから受ける年間線量は世界平均で1人2・4ミリシーベルト。だが中国、ブラジル、インドなど世界には線量がもっと高い地域がある。自然も人工も放射線に違いはなく、こういった地域の人々はより高い線量を浴びて被ばくしながら暮らしている。健康被害はないのか。

インドの調査地は、放射性物質トリウムが含まれる石「モナザイト」が多くある沿岸。ある民家の屋内では、線量計を下向きにして年間69・8ミリシーベルトに達した。

ただ、空間線量がそのまま個人の被ばく線量になるわけではない。松田らは沿岸住民に個人被ばく線量計をつけてもらい、人が浴びる線量を計測。調査で空間線量の75%ほどが個人被ばく線量になることが分かった。福島は60%ほどとされ、生活様式や放射性物質の違いなどからインドは高めとなった。長崎大の元インド人留学生ブラマナンダンらによる住民の採尿調査では代謝に異常はなかった。

本格的な健康調査は今後の課題だが、自然放射線の高い他地域の調査でも、年齢とともに積算線量が高まり染色体異常も増えるが、発がんリスクが高まる結果は出ていないという。

松田はこう考える。「低線量の慢性被ばくで健康を害されるのなら、長い歴史の中でタミルナドゥー州などの村々に人は徐々に住まなくなる。だが住んでいる。(低線量の健康影響の有無は)何よりもこの地域の歴史が物語っているのではないか」=文中敬称略=