高校生平和大使の決意
 被爆65年の節目に 1

「被爆地の若者として頑張りたい」と語る青木君=長崎市、平和公園

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高校生平和大使の決意 被爆65年の節目に 1 長崎南山高2年 青木政憲君(16)
自分の言葉で訴えたい

2010/06/15 掲載

高校生平和大使の決意
 被爆65年の節目に 1

「被爆地の若者として頑張りたい」と語る青木君=長崎市、平和公園

長崎南山高2年 青木政憲君(16)
自分の言葉で訴えたい

被爆者の高齢化が進み、被爆の実相を世界に伝える重要性が一層増す中、本年度の高校生平和大使6人が決まった。被爆65年の節目に選ばれた高校生の素顔と決意を探った。
◇ ◇

「原爆でどんな体験したの」。小学校低学年の時、祖母に尋ねた。防空壕(ごう)に逃げ込んだ途端、原爆がさく裂。1秒遅ければ助からなかったという。祖母の話を「怖い」と思ったが、その後は特に平和について考えなかった。「8月9日は登校日だから嫌だな」。そんな感覚もあった。

中学3年時、教師から学校の平和集会実行委に誘われ「えーって感じだった」がやってみた。いろんな集会にも参加。高校生1万人署名活動実行委のメンバーが一生懸命に話す姿が印象的だった。「高校生になったらやってみたいな」。その思いは高校受験とともに薄れた。

高校入学後、部活を迷っていたある日、同実行委募集の校内放送を聞いた。中学時の気持ちがよみがえった。実行委の歓迎集会に出てみると、署名活動だけでなく週末は講演会や会合、平日の放課後も修学旅行生との交流など多彩な活動をしていて驚いた。

実行委に入って1年余り。緊張したり、うまく話せなかったり。落ち込むこともあるが、平和や核兵器廃絶への考え方は少しずつ深まってきた。「被爆者は亡くなっていく。自分は何ができるんだろう」

パフォーマンスユニット「AAA(トリプル・エー)」の音楽をiPod(アイポッド)で聞くと元気が出る。目標はアナウンサーなど人に伝える仕事に就くこと。「平和大使をやっていけるかとか大学進学とか、悩みはあります」。夏は平和大使として欧州に行く。そのときは自分の言葉で被爆者の思いや核廃絶の必要を訴えたい。だから今、英語の勉強をもう少し頑張ろうと思っている。