壁は崩せるか
 =崔訴訟高裁判決へ= 上

苦渋の表情で在韓被爆者訴訟への対応を説明する伊藤市長=3月8日、長崎市役所

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壁は崩せるか =崔訴訟高裁判決へ= 上 被告 長崎市
苦渋の決断で“悪役に”

2005/09/23 掲載

壁は崩せるか
 =崔訴訟高裁判決へ= 上

苦渋の表情で在韓被爆者訴訟への対応を説明する伊藤市長=3月8日、長崎市役所

被告 長崎市
苦渋の決断で“悪役に”

被爆者援護法に基づく健康管理手当と葬祭料の支給をめぐる二件の在韓被爆者訴訟、いわゆる崔(チェ)さん訴訟の控訴審判決が二十六日、福岡高裁で言い渡される。一審の長崎地裁は、最大の争点だった「来日要件」の不当性を明快に断じ原告の訴えを認めたが、被告の長崎市は国の要請に応じる形で控訴に踏み切った。手当申請時や死亡時に、被爆者本人が日本にいることが必要とされる「来日要件」。その是非を判断する初の高裁判決が迫る。

「私も苦しい立場なんです。皆さん、分かってくださいよ」

崔さん訴訟で二度目の一審敗訴が決まった今年三月八日。長崎市役所でその対応を問われた伊藤市長は、記者たちの顔を落ち着きなく見回した。

同市は、長崎で被爆した韓国人被爆者、崔季〓さん(昨年七月、釜山市で死去)が韓国から申請した健康管理手当と、崔さんの遺族が申請した葬祭料の支給をめぐる二件の訴訟で相次ぎ敗訴。一審の長崎地裁はいずれも「在外被爆者が援護が受けられない事態を招くのは援護法の立法趣旨に反する」とし、援護法施行規則に基づく「来日要件」を否定。来日できない在外被爆者の救済を促した。

「被爆者はどこにいても被爆者」とした二〇〇二年十二月の大阪高裁判決を受け、日本を出国した在外被爆者にも各種手当が支給される新制度が創設された。しかし、申請時や死亡時に被爆者本人が日本にいることが必要な「来日要件」という”新しい壁”が、病気や高齢で日本に行けない人たちの救済を阻んだ。同種訴訟は広島、大阪、長崎で各一件が係争中だ。

長崎市は「苦渋の決断」としながら、二件とも控訴した。「手当や葬祭料支給は国の法定受託事務。自治体の裁量で判断できない」のが理由だが、在外被爆者の早期救済の必要性に理解を示しながら、国に従い訴訟で争う不可解さが常につきまとう。

法定受託事務は、全国一律の基準で行う被爆者への手当支給などの国の事務を地方自治体が肩代わりする。国の意向に反すれば、国が負担すべき事務経費を自治体が肩代わりしなければならない恐れが生じる。だから、国の判断に委ねざるを得ない。長崎市のいう「苦渋」がここにある。

同じ事態は、五月の在米被爆者訴訟でも起きた。秋葉広島市長は国に控訴断念を申し入れたが、結局控訴した。二つの被爆地が、訴訟手続きの上で”悪役”を引き受けることを余儀なくされた。

しかし、両市は黙して従うのではなく、現行の在外被爆者援護策の全体的な問題点を整理し、来日できない在外被爆者への対応を国に繰り返し求めた。

七月末、両市長は尾辻厚労相に会い、六十回目の原爆の日を目指して、在外被爆者問題の全面解決を図る政治決断を促した。二人は国に”最後のボール”を投げたのだ。

伊藤市長は二十一日、記者との雑談で「(高裁判決は)厳しい結果だろう。あとは国が決めること。もう恋々と引きずらず、すっきりすべきだよ」と述べた。市長は国からの返球を待っている。

【編注】崔季〓さんの〓は「徹」の「ぎょうにんべん」を「さんずい」