癒えぬ心の傷
 =未指定地域の「被爆者」たち= 5(完)

式見川のほとりで「被爆」体験を語る村上さん。対岸の向町は原爆被爆地域(健康診断特例区域)に指定されている=長崎市式見町

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癒えぬ心の傷 =未指定地域の「被爆者」たち= 5(完) 村上早見さん(68) 西彼式見村(現在の長崎市四杖町)で「被爆」
恐怖感じたきのこ雲

2001/06/25 掲載

癒えぬ心の傷
 =未指定地域の「被爆者」たち= 5(完)

式見川のほとりで「被爆」体験を語る村上さん。対岸の向町は原爆被爆地域(健康診断特例区域)に指定されている=長崎市式見町

村上早見さん(68) 西彼式見村(現在の長崎市四杖町)で「被爆」
恐怖感じたきのこ雲

長崎市西部を流れる式見川から約百メートルの場所で、村上さんは「被爆」した。川の対岸地区は一九七六年、原爆被爆地域(健康診断特例区域)に拡大、指定されたが、エノキがあった四杖町は今も未指定地域のままだ。原爆被爆地域と未指定地域とを冷酷に隔てる川。わずか数メートルの川幅なのに、そこには見えない高い“壁”がある。

原爆が投下される直前、低くうなるエンジン音に気付いた。「B29(爆撃機)だと直感した」。急いで音のする方向に顔を上げた次の瞬間、原爆がさく裂。強い光に目がくらみ、慌てて防空ごうへ駆け込んだ。外ですさまじい爆風が吹き荒れているのが分かった。

爆風は、村の至る所につめ跡を残した。自宅の窓ガラスはすべて割れ、わらぶきの牛小屋は屋根が飛んでなくなっていた。通っていた式見国民学校(当時)の木造平屋の校舎は割れた窓ガラスが散乱し、教室の天井板が抜け落ちていた。目の前に広がる光景に、ただぼう然と立ち尽くすしかなかった。

以前にも村上さんは学校の教室にいて米軍機の機銃掃射に遭ったことがある。弾は音を立てながら校舎をかすめていった。生きた心地がしなかったが、あの日、爆心地の方角から立ち上った「きのこ雲」にはそれ以上の恐怖を感じたという。

「灰色の不気味な雲が、荒れ狂ったように渦を巻きながら自分たちの村へ向かってきた」。それは拡大しながら、見る見るうちに周りの雲をもかき消した。「重たい雲が、下にいる自分たちに今にも襲いかかってきそうで気が気でなかった」。今でも夏に入道雲を見ると、あの日の記憶がよみがえる。

戦後、腹が突っ張るような症状に悩まされた。「ちょうど腹の中に鉄板でも入っているような感じだった」。そのころ、長崎には原爆の影響で何十年も草木が生えないとのうわさも流れた。「当時は被爆者への偏見は強く、村の外では他人に自分の体験を語れない雰囲気があった」

その未指定地域住民らが今、声を上げて拡大是正を求めている。見えない“壁”は取り払うことができるのか。五十六年目の八月九日がもうすぐやって来る。(おわり)

メ モ
◆健康状態 長崎市が一九九九年度、未指定地域住民を対象に実施した調査では、今の健康状態について、市内の回答者の計63・6%が「良くない」「非常に良くない」と回答。96・5%が高血圧や内臓疾患など、何らかの持病を挙げた。