「絶対に患者断らない」救急クリニック 長崎・西海市に2月開設、全国でも珍しい取り組み…現状は?

長崎新聞 2025/07/25 [12:03] 公開

救急患者の処置に当たる松岡理事長ら=西海市西海町、西海救急クリニック

救急患者の処置に当たる松岡理事長ら=西海市西海町、西海救急クリニック

  • 救急患者の処置に当たる松岡理事長ら=西海市西海町、西海救急クリニック
  • 診察室の裏では看護師が慌ただしく働いていた
  • クリニックで検査と応急処置をした患者を救急車に運び込む救急隊員。患者は佐世保市内の病院に搬送された
  • 外来患者を診察する松岡理事長
大きい写真を見る
救急患者の9割を近隣自治体の病院に搬送せざるを得なかった長崎県西海市に今年2月、「24時間365日絶対に患者を断らない」救急クリニックが開院した。全国でも珍しい取り組みは地域に何をもたらしたのか。現場を取材した。

■ 赤い携帯電話
 6月中旬、西海救急クリニック。ここは、鹿児島県や関東地方などで救急クリニックを展開する広域医療法人EMS(事務局・福岡市)が運営する診療所だ。

 時計の針は午後0時半を指そうとしていた。朝9時から外来患者を診ていたEMS理事長で医師の松岡良典氏(46)は間もなく休憩に入る時間だが、まだ20人ほどの患者が待っていた。ちょうどその時、看護師のポケットの赤い携帯電話が鳴った。救急患者の受け入れ要請だった。

 看護師は電話を受けながら「ホットライン記録」の用紙に呼吸、脈拍などバイタルサインや症状を書き込み、すぐに受け入れを判断。「15分後に救急車が入ります」。患者は40代の女性で脳梗塞の疑いがあった。

 到着した救急車は救急処置室に横付けし、患者が運び込まれた。松岡氏も駆けつけ、救急隊から報告を受けた。「仕事中に目まいやふらつきがあり、話しづらそうにしていたそうです」。患者はすぐにMRI検査に回された。

■ 「脳梗塞です」
 午後1時過ぎ。「脳梗塞です」。外来に戻っていた松岡氏に看護師が検査結果を伝えた。画像を見た松岡氏も「脳の半分の血管が詰まり、一気に悪くなる危険性がある」と判断。発症は午前11時。それから4時間半以内に、体にまひなどが残らないよう血の塊を溶かす薬「tPA」で治療しなければならず、急ぐ必要があった。隣の佐世保市の中核病院に治療を要請し、患者は点滴などの応急処置を施され再び救急車で搬送された。

 実はこの患者は別の病院でいったん受け入れを断られていた。その後、西海救急クリニックに搬送されて脳梗塞と診断されたことで、速やかに中核病院で受け入れが決まったという。

 松岡氏は「私たちが受け入れなかったら救急隊はまだ医療機関を探さなければならなかった。受け入れ先が決まっても、MRIなどがなく詳しい検査をできなかったら、症状が軽いという理由で帰され、心肺停止などになっていた恐れもあった」と話す。

■ 総合的に診察
 松岡氏はこの後も外来診察を続け、遅い昼食を5分ほどで済ませた後、診察を再開。この日はほかに2件の救急搬送も受け入れ、午後6時までに約100人の患者を診た。その後は夜勤の医師に引き継いだ。日中も夜間も医師は1人体制だ。

 西海市大島町の82歳の女性は脳梗塞治療後の経過観察のため、佐世保市内まで車で1時間近くかけて通院していたが、現在は西海救急クリニックに通っている。「車で20分弱と近い。脳梗塞以外の病気も総合的に診てもらえるので助かっている」と話す。せきや発熱で夜間に訪れた高齢男性の妻は「いつでも診てくれるので安心」と述べた。

 EMS事務局職員で同クリニック看護師の岩橋良太氏(43)は「救急搬送の要請には『はい』か『どうぞ』の答えしかない。早く運んでもらって自分たちで検査、診断した方が患者さんにとってもいい」と話した。

◎搬送時間短縮 夜間も対応

 西海市を管轄する佐世保市消防局によると、2023年に西海市から救急搬送した患者は1177人で、9割近くは隣の佐世保、長崎両市の医療機関に搬送。119番通報から医療機関収容まで1時間以上かかったケースが6割を超えた。

 これは西海市に急性期の患者を受け入れる病床がなかったためだ。一方、同市が属する長崎医療圏(ほかに長崎、長与、時津3市町)は急性期病床が過剰で病床新設はできなかった。

 そこで西海市は、病床過剰地域でも救急医療などを提供するため設置できる「特例診療所」に西海救急クリニックを認定するよう県に要望し、認められた。最新のMRIやCTなどの医療機器のほか、1泊用の4床を備える。

 同市は建設費や医療機器代など新規開設費用として9千万円を補助。24年度から33年度まで夜間・休日の救急医療の委託費として4億6400万円を負担する計画だ。

 同クリニックによると、開院した今年2~6月の5カ月で受け入れた救急搬送は249件。同市以外からの患者も一部含まれるが、23年の同市からの年間搬送件数の約2割に当たる。夜間・休日の受診者も1776人に上った。

 市内の救急患者を地元の同クリニックが受け入れることで搬送時間が大幅に短縮されたとみられる。夜間対応の医療機関もクリニック開院前は市内になかったことから、同市は「地域全体の医療体制の一層の充実につながっている」としている。


◎松岡理事長インタビュー 市全体が医療チーム

 松岡理事長に西海救急クリニックの経営理念や治療方針などを聞いた。

 -「24時間365日絶対に断らない」との理念を掲げる理由は。
 常に患者さんのニーズに応え続けるのは大変なことだが、何らかの事情で1件でも断ると患者さんは不満を感じてしまう。逆に言えばそれだけ期待感が高いということなので、真剣に応えていきたい。

 -クリニックは救急科、内科、外科、小児科、整形外科、脳神経外科、循環器内科、リハビリテーション科と多くの診療科を標榜(ひょうぼう)している。医師には幅広い知識と技量が求められるが、どのように確保しているのか。
 確かに誰にでも務められるわけではないが、私たちのクリニックが求める医師像は医療界でも一定知られている。それを理解した上で医師たちが応募してくれている。

 -西海市にクリニックを開院した経緯は。
 最初は、西海市の職員が地元に救急病院がないということで、鹿児島のクリニックを見学に来られた。いろいろと話を聞くうちに、私たちのクリニックなら課題を解決できるのではないかと思った。だが市の人口が約2万5千人と少なく、運営が成り立つのかという問題はあった。ただ人生は1回きりなのでチャレンジしたいと思った。いつでも患者を受け入れるので、診療圏は佐世保市や長崎市にも広がっている。

 -救急患者はどこまで治療するのか。
 西海市全体を一つの医療チームと考えたい。西海救急クリニックが救急患者をすべて受け入れ、軽症、中等症、重症を判断する。軽症患者は診察後に帰宅してもらい、中等症患者はクリニックに1泊してもらい、各地域の先生(医師)たちに引き継ぐ。重症患者は点滴や呼吸循環のサポートなど応急処置をした上で、佐世保市や長崎市の中核病院に搬送する。応急処置で救命率が飛躍的に向上する。

 -職員のワークライフバランスはどう維持しているのか。
 これは最も大事にしている。これまで救急医療は自己犠牲を求められることが多かったが、もはやそんな時代ではない。体を壊して精神を病んだら意味がない。やりがいと給与と休日のバランスを取らなければならない。完全な交代制を導入し、有給休暇はすべて消化。残業もしてはならず、医師は週32時間勤務としている。

 -開院から5カ月が過ぎた。クリニックの現状と課題は。
 地域に最も求められていた24時間体制の救急医療を提供し、経営を安定させることもできた。今後は市民の話を聞きながら、どんな医療が必要とされているかを考え、提供していきたい。