長崎市竹の久保町の県立長崎西高では、原爆投下時に校舎があった旧制県立瓊浦中の慰霊祭が開かれた。約30人の参列者の中に名古屋市の近藤記江さん(60)の姿があった。近藤さんは今夏、瓊浦中の犠牲者の一人で、爆心地付近で撮影された写真の「黒焦げの少年」とされる谷崎昭治さん=当時13歳=を題材にした本を出版。瓊浦中OBで、執筆を見守った被爆者の丸田和男さん(94)とともに手を合わせて誓った。「あなたが身をもって教えてくれた原爆の悲惨さを語り継いでいきます」と。
近藤さんは元中学・高校非常勤講師。被爆地には縁もゆかりもなかったが、核兵器をなくし、未来ある子どもたちの命を守るために何ができるかと考え続け、広島・長崎の被爆証言を語り継ごうと思い立った。
2016年には長崎市の家族・交流証言者事業に応募した。被爆者の証言を家族や交流を深めた人が聞き取り、語り継ぐ。そこで出会ったのが、瓊浦中1年で被爆した丸田さんだった。自らの体験とともに原爆で亡くなった同級生114人のことも伝えたいという熱意に触れ、体験を継承しようと決めた。市によると、家族・交流証言者69人のうち、県外の人は近藤さんを含めて28人という。
講話の準備で長崎原爆資料館を訪ね、「黒焦げの少年」の写真を目にした。丸田さんからは、少年が同級生だった谷崎さんの可能性が高い、と聞かされた。
「生きていたら、何を語っただろう」。そう考え、谷崎さんの交流証言者のつもりで本を書こうと決め、遺族や丸田さんに取材した。「黒焦げの少年からのメッセージ」と題し、谷崎さんの生涯、広島と長崎の原爆被害、核の脅威を約90ページにまとめた。
慰霊祭の後、丸田さんに本を手渡すと、「自分も残された時間が少ない。思いを継いでくれてありがとう」と言葉をかけられた。谷崎さんの妹の山口ケイさん(86)=長崎市=からは「兄のことを忘れずに、こうして残してくれて本当にうれしい」と感謝された。
「語り継ぐことが核廃絶の世論を高める」と、近藤さんは交流証言者の力を信じている。
近藤さんは元中学・高校非常勤講師。被爆地には縁もゆかりもなかったが、核兵器をなくし、未来ある子どもたちの命を守るために何ができるかと考え続け、広島・長崎の被爆証言を語り継ごうと思い立った。
2016年には長崎市の家族・交流証言者事業に応募した。被爆者の証言を家族や交流を深めた人が聞き取り、語り継ぐ。そこで出会ったのが、瓊浦中1年で被爆した丸田さんだった。自らの体験とともに原爆で亡くなった同級生114人のことも伝えたいという熱意に触れ、体験を継承しようと決めた。市によると、家族・交流証言者69人のうち、県外の人は近藤さんを含めて28人という。
講話の準備で長崎原爆資料館を訪ね、「黒焦げの少年」の写真を目にした。丸田さんからは、少年が同級生だった谷崎さんの可能性が高い、と聞かされた。
「生きていたら、何を語っただろう」。そう考え、谷崎さんの交流証言者のつもりで本を書こうと決め、遺族や丸田さんに取材した。「黒焦げの少年からのメッセージ」と題し、谷崎さんの生涯、広島と長崎の原爆被害、核の脅威を約90ページにまとめた。
慰霊祭の後、丸田さんに本を手渡すと、「自分も残された時間が少ない。思いを継いでくれてありがとう」と言葉をかけられた。谷崎さんの妹の山口ケイさん(86)=長崎市=からは「兄のことを忘れずに、こうして残してくれて本当にうれしい」と感謝された。
「語り継ぐことが核廃絶の世論を高める」と、近藤さんは交流証言者の力を信じている。

