「自然消滅を待っているとしか…」長崎・池島の炭鉱体験施設が廃止へ…老朽化など理由、島民らは危機感

長崎新聞 2025/10/19 [13:00] 公開

大型の採炭機ドラムカッターが展示されている坑道内=長崎市、池島

大型の採炭機ドラムカッターが展示されている坑道内=長崎市、池島

  • 大型の採炭機ドラムカッターが展示されている坑道内=長崎市、池島
  • トロッコでひんやりした坑道に入る参加者=長崎市、池島
  • ツタに覆われる旧炭鉱住宅=長崎市、池島
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日本の近代化を支えた炭鉱の一つで、2001年に閉山した長崎市の池島炭鉱。閉山後の振興策として炭鉱施設を活用し、国内で唯一、本物の坑道で炭鉱体験ができるツアーが実施されてきたが、市は老朽化などを理由に26年度末での施設廃止を決めた。島に残る炭鉱施設を生かした事業が姿を消すことになり、島民らは過疎が進む島の将来へ危機感を抱く。識者は島の未来に向け、島民も含めた意思形成が必要と指摘する。

 8月末、キリスト教文化が色濃く残る長崎市外海地区の神浦港からフェリーに乗り、約7キロ沖にある池島を目指した。船に揺られること約30分。島名の由来となり、昔は大きな池だったという港に着いた。周囲約4キロの小さな島。貯炭場などの遺構が、ここがかつて炭鉱で栄えた島であることを物語る。

■「命懸けの気持ちが聞けて感動」
 体験ツアーにはこの日、12人が参加。島の歴史を紹介する映像を視聴した後、キャップランプを着けて緑色のトロッコ電車に乗り込んだ。ガタゴト揺られ坑口に入ると、外の残暑と比べ、ひんやり涼しい。温度計は21度を指していた。

 坑口から約130メートル地点で下車。元炭鉱マンだったベテランガイドの案内で進むと、大型の採炭機ドラムカッターが出迎えた。刃がついたドラムが回転し、炭層を切削する機械だ。ダイナマイトは1984年まで使ったという。岩盤にしかける穴を開ける穿孔(せんこう)機の模擬操作に参加者の1人が挑戦。大きな音と振動に目を丸くしていた。

 ツアーでは、キャップランプを消して真っ暗闇を感じたり、重さ約20キロにもなる入坑時の装備を着けてみたり。地底深く、危険と隣り合わせだった仕事の常識や工夫、安全確保の大切さが伝わった。

 家族旅行で訪れた東京都杉並区の会社員、宮川貴さん(54)は「坑内で働く人の命懸けの気持ちが聞けて感動した。座学だけでは伝わらない」としみじみ。西彼時津町の団体職員の女性(57)は「その場所の空気や音、当事者の話も含め歴史が詰まっていた。そんな長崎の歴史が見られなくなるのは残念」と惜しむ。

 半農半漁の静かな集落だった池島で炭鉱開発が始まったのは、52年。59年に営業出炭し、海底下の石炭層からの採掘が進んだ。各地で活況を呈した石炭産業は戦後の高度経済成長を下支えし、池島も人口約8千人を抱える時代もあった。しかし、石炭から石油への「エネルギー革命」、外国炭との価格競争で国内の炭鉱は次々と閉山していく。池島炭鉱も2001年11月29日、その歴史に幕を下ろした。

 こうした池島の炭鉱の歴史、関連施設を観光資源に活用した体験プログラムは、施設を所有する三井松島リソーシス(同市池島町)が03年に開始。16年からは池島の地域振興などを目的に市が施設の無償貸与を受け、同社を指定管理者にして運用を続けてきた。ここでしか体験できないプログラムが好評で、利用者数は18年度、6122人を数えた。

■施設は老朽化、元炭鉱マンのガイドも…
 一方で営業出炭から60年以上が経過し、体験施設は老朽化。経年劣化への対策を講じれば、概算で約2億2500万円が必要という。ただ、収入源であるツアー利用者数は右肩下がりで、24年度は3526人。維持管理のため、市の一般財源から補塡(ほてん)する状況が続く。加えて、元炭鉱マンの5人のガイドは60代後半から70代前半と高齢化が進む。自身の経験に基づく知識、知見は参加者の満足度、安全にもつながっており、これらを引き継ぐ人材を確保するのは難しいという。

 こうした現状を踏まえ、市は地元自治会や交通事業者、指定管理者に意見を聞く「池島炭鉱体験施設あり方検討会」を昨年2月から1年間、計5回開催。老朽化で施設に入れない時期が来ても対策に予算をかけられない実情などに一定理解を得たとして、市は26年度末で体験施設を廃止する条例案を今年9月の定例市議会に提出、可決された。

 島には炭鉱関連の遺構や、ツタに覆われ、今は人が住んでいない旧炭鉱住宅などが立ち並ぶ。市はこうした島の風景の撮影に訪れる来島者も多いとして、今後も島内周遊を楽しんでもらいたい考えだ。担当課は「立ち入り禁止の場所に入らず、安全に回っていただけるよう、表示やマップ作成を考えている」としている。

 だが、閉山後の人流を呼び込んできた体験施設の廃止決定に、島民からは島の将来に懸念の声が上がる。

 22歳の頃から50年以上池島で暮らす池島港自治会会長、近藤秀美さん(75)は子どもも孫も池島で育った。島に感謝し、閉山後もイベント開催などで島を盛り上げてきた。「集合住宅に住む人は皆、友だちのように、自由に伸び伸び暮らした。子や孫も素直に育った」と振り返る。

■「自然消滅を待っているとしか考えられない」
 その池島も、人口は閉山時の約2700人から減り続け、今は89人(9月1日現在)。高齢化率は62・7%(24年12月末)と過疎化が進んでいる。市の出先機関や小中学校、郵便局、消防の派出所、診療所(遠隔診療)、宿泊施設などは現在もあるが、閉山後は警察の駐在所、幼稚園、スーパー、食堂、ガソリンスタンドなどが姿を消した。最近では民間の移動販売車が営業終了し、島内を走る「コミュニティバス」は来年3月末で運行を終える。

 手厳しい口調で、近藤さんは言う。「施設の老朽化は以前から分かっていたはず。市は池島の自然消滅を待っているとしか考えられない」。施設の廃止に伴い、体験ツアーだけでなく、旧炭鉱住宅など立ち入り禁止区域をガイドと巡るオプショナルツアーも終了する。「ツアーがなくなり今来ている人がいなくなったら、船の減便など島に影響が出かねない。市には池島をどうにかして残そうという考えで今後も臨んでほしい」と注文を付けた。

◎石川成昭・夕張市石炭博物館館長「何を残し伝えるか、見据える覚悟を」 

 池島と同じように、かつて炭鉱で栄えた北海道夕張市。市石炭博物館館長、石川成昭さん(63)に池島の炭鉱体験施設の価値、島の魅力や今後の振興について聞いた。
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 夕張市石炭博物館の模擬坑道は日本で唯一、石炭層に触れることができる本物の坑道ということで、全国から多くの人が訪れる。池島も全国で数少ない本物の坑道にトロッコで入り、掘削機や発破の準備などを模擬体験できる。偽物ではない本物の場所で体験できることが「オンリー池島」の存在だ。

 私も約12年前、池島へ行ったことがある。炭鉱体験施設が廃止されると知り、歯がゆさと同時に「ついに来たか」と思った。池島の施設は本物の坑道なのでその維持管理が重要かつ大きな負担となることはよく分かる。

 池島は坑内掘りでは日本で最後期の2001年まで操業した炭鉱。施設によっては「最後期の炭鉱および関連施設」という観点で文化財の指定や登録を目指し、保全を図る考え方(選択肢)もあると思う。

 坑道に入れなくなっても、関連施設の残る島内を見て回れるのは魅力だ。例えば旧炭鉱アパート群。昭和後期に建てられた近代的な高層建築があのような姿で残る様子を、見て歩ける場所はなかなかないだろう。

 廃虚観光がブームというが、池島は廃虚ではなく産業遺構。産業で栄えた場所が自然に返っていく姿「インダストリアルネイチャー」と言える。「これが高度成長の末期まで頑張った炭鉱」として記憶をつなぐことができる。

 だが島の人口は加速度的に減少している。構造物の老朽化も見学の可否に影響を与える。この先、池島は何を残し、何を伝えていくのか。市、住民、地域がしっかり見据えていく覚悟が必要ではないかと思う。