17年に東京から小値賀町へ 長谷川雄生さん 「自分で時間の使い方決める」

2021/02/15 [10:39] 公開

「暮らしを育む家 弥三」の中で「どんな生き方を望むかを考えて移住を選択することが大切」と話す長谷川さん

 長崎県小値賀町北部の柳郷の一角に、築100年超の古民家を改装した「暮らしを育む家 弥三」が立っている。この住居兼民泊を営むのは、隣の新上五島町出身で東京の建設コンサルタント会社に勤めていた長谷川雄生(ゆうき)さん(35)だ。
 長谷川さんは同社で公園設計などを通じて地方のまちづくりに携わっていた。だが東京のデスクで地方の仕事をすることに次第に違和感を覚え、「地方の現場に飛び込んで働きたい」と思い、移住を考えるようになった。
 入社4年目ごろから休暇を利用し、島根県や山梨県などを旅行で巡った。当時交際中で後に結婚する沙織さん(34)が宿泊業に関心があったので、民泊や古民家の宿を巡ったり地方で起業した人を訪れたりした。
 そんなある日、インターネットで小値賀町の団体や事業者が観光振興に熱心に取り組んでいると知った。2013年11月、小学生の時にサッカーの試合で訪れて以来16年ぶりに同町に入った。民泊体験で魚釣りなどを楽しみ、何度か通ううちに友人もできた。移住する気持ちが少しずつ固まっていった。
 まずは、民間の社員が地方自治体に出向して地域の課題解決に当たる国の「地域おこし企業人」の制度を利用して、自らを町役場に売り込んだ。当時面接した役場OBの中川一也さん(64)は採用した理由を「田舎の生活に関心があり、建設コンサルに勤務していたので、人脈やノウハウを町の活性化に還元してくれると期待した」と話す。
 町から移住者向け住宅を用意してもらい、17年春に移住。空き家の活用を考えるワークショップを開催するなどして2年間を過ごし、19年春に「地方の現場で働く」という思いを実現すべく会社を退職した。
 同時に住居兼民泊をオープン。宿泊客には自由に過ごしてもらい、昔ながらのまき風呂やしちりんを使った料理を満喫してもらう。20年春までの1年間で約250人の利用があった。
 東京の会社員時代と比べ手取り収入は半分程度に減ったが「生活に必要な分は稼げている。ネット通販もあるし、生活の不自由はあまり感じない」と話す。東京ではいつも仕事に追われていたが、自分で時間の使い方を決められるようになった。
 町は長谷川さんに定住支援員を委託。移住希望者を島内で案内したり、人間関係が濃い島の暮らしを伝えたりしている。「小値賀への移住を考える人の中にはこれまでのライフスタイルを変えたい人もいると思う。町の慣習を受け入れてもらう部分もあるが、それぞれの生き方を尊重できるような島になってほしい」