2代続けて甲子園出場の可能性が高まってきた父の渡昌信さん(上)と息子で長崎西の健心捕手。父は33年前、長崎日大の捕手として春夏連続で甲子園に出場した=長崎市、長崎新聞社(西本翔撮影)
「長崎日大は純粋にうれしかった。西高は夢みたいで、言葉が出てこなかった…」
第98回選抜高校野球大会(3月19日開幕・甲子園)へ同時出場する長崎日大と長崎西の県勢2校。長崎日大野球部のOBで、息子が長崎西野球部に在籍している渡昌信さん(50)は今、春本番を誰よりも心待ちにしている。「息子にはもちろん。長崎日大にも頑張ってほしいですね」
◎人生の“勲章”
当時の景色は今も鮮明に覚えている。昌信さんは1993年、長崎日大の正捕手として春夏連続で甲子園に出場。春夏通じて初出場だった春は、県勢として10年ぶりの8強入りを果たした。
あの長崎日大の快進撃は、高校野球ファンを熱狂させた。後にプロ野球の日本ハム、巨人で活躍するエース中村隼人さんを軸に、初戦の2回戦で智弁学園(奈良)に5-3で競り勝つと、3回戦は鳥取西に5-0で快勝。準々決勝で大宮東(埼玉)に2-5で敗れたが、チームは初めての甲子園で2勝をマークした。
チームのムードメーカーでもあった昌信さんは、好リードと声でエースの良さを引き出すと同時に、バットでも活躍した。智弁学園戦の二回、右中間へ放った三塁打は、自らの野球人生の“勲章”だ。
そんな父の背中を追うように、次男の健心(16)は「幼いころから野球に興味を示していた」。二つ上の兄の勇翔とともに、城山小1年からBJ城山でソフトボールを始めた。6年からは父と同じ捕手を任され、淵中でも軟式野球部でマスクをかぶり続けた。
卒業後は父の母校の長崎日大ではなく、長崎西を選んだ。一番の理由は「オープンスクールのときにやった野球が楽しかったから」。昌信さんも息子の意思を尊重した。
入学後は負けず嫌いな父と同様、懸命に練習に励んだ。その努力と持ち前の打力が認められ、昨秋の県大会地区予選からベンチ入り。県大会決勝と九州大会準々決勝は代打で出場した。
◎うれしい悲鳴
1月30日、昌信さんは選抜出場校発表をインターネットで知った。九州大会で準優勝した長崎日大は当確だったが、長崎西は不安の方が大きかった。だから、21世紀枠での出場が決まった瞬間は「頭が真っ白になった」。母校と息子が一緒に甲子園-。「2校出られるから寄付金が大変。でも、うれしい悲鳴です」
今春、長崎日大と長崎西は一つ同じ目標を掲げている。「甲子園で校歌を歌う」。この2校の夢の実現に加えて、その地に息子が立っていてくれれば、最高だ。「まずはベンチ入りすること。甲子園で『渡』の一文字を見たいですね」
息子はそんな父を尊敬すると同時に、こうも思っている。「同じ捕手。憧れはする。でも、負けられない」。父は聖地で8強という結果を残した。それを超えようと汗を流し続ける息子を、父は今、静かに、温かく見守っている。
第98回選抜高校野球大会(3月19日開幕・甲子園)へ同時出場する長崎日大と長崎西の県勢2校。長崎日大野球部のOBで、息子が長崎西野球部に在籍している渡昌信さん(50)は今、春本番を誰よりも心待ちにしている。「息子にはもちろん。長崎日大にも頑張ってほしいですね」
◎人生の“勲章”
当時の景色は今も鮮明に覚えている。昌信さんは1993年、長崎日大の正捕手として春夏連続で甲子園に出場。春夏通じて初出場だった春は、県勢として10年ぶりの8強入りを果たした。
あの長崎日大の快進撃は、高校野球ファンを熱狂させた。後にプロ野球の日本ハム、巨人で活躍するエース中村隼人さんを軸に、初戦の2回戦で智弁学園(奈良)に5-3で競り勝つと、3回戦は鳥取西に5-0で快勝。準々決勝で大宮東(埼玉)に2-5で敗れたが、チームは初めての甲子園で2勝をマークした。
チームのムードメーカーでもあった昌信さんは、好リードと声でエースの良さを引き出すと同時に、バットでも活躍した。智弁学園戦の二回、右中間へ放った三塁打は、自らの野球人生の“勲章”だ。
そんな父の背中を追うように、次男の健心(16)は「幼いころから野球に興味を示していた」。二つ上の兄の勇翔とともに、城山小1年からBJ城山でソフトボールを始めた。6年からは父と同じ捕手を任され、淵中でも軟式野球部でマスクをかぶり続けた。
卒業後は父の母校の長崎日大ではなく、長崎西を選んだ。一番の理由は「オープンスクールのときにやった野球が楽しかったから」。昌信さんも息子の意思を尊重した。
入学後は負けず嫌いな父と同様、懸命に練習に励んだ。その努力と持ち前の打力が認められ、昨秋の県大会地区予選からベンチ入り。県大会決勝と九州大会準々決勝は代打で出場した。
◎うれしい悲鳴
1月30日、昌信さんは選抜出場校発表をインターネットで知った。九州大会で準優勝した長崎日大は当確だったが、長崎西は不安の方が大きかった。だから、21世紀枠での出場が決まった瞬間は「頭が真っ白になった」。母校と息子が一緒に甲子園-。「2校出られるから寄付金が大変。でも、うれしい悲鳴です」
今春、長崎日大と長崎西は一つ同じ目標を掲げている。「甲子園で校歌を歌う」。この2校の夢の実現に加えて、その地に息子が立っていてくれれば、最高だ。「まずはベンチ入りすること。甲子園で『渡』の一文字を見たいですね」
息子はそんな父を尊敬すると同時に、こうも思っている。「同じ捕手。憧れはする。でも、負けられない」。父は聖地で8強という結果を残した。それを超えようと汗を流し続ける息子を、父は今、静かに、温かく見守っている。



