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TopInterview

リーダーが語る、長崎のその先の風景。
地元経済のけん引役となる各界の皆さんは“長崎のその先の風景”をどのように展望し、さらには描いていくのでしょうか。
企業・団体のトップに、事業の成長戦略や地域活性化への思いなど、年頭所感をうかがいました。

玄海酒造

取締役会長

山内 賢明

玄海酒造山内 賢明

所在地 壱岐市郷ノ浦町志原西触550-1

電話 (0920)47-0160

玄海酒造

取締役会長

山内 賢明

創業120年 壱岐の時代に

 1900(明治33)年に初代山内為三郎が創業し、今年は120周年の節目の年です。長年の感謝の意味を込めて、小売店、問屋、顧客の方々を壱岐に招待して島内を案内し、弊社工場も見学してもらおうと計画しています。

 私は5歳だった37(昭和12)年ごろから、焼酎造りの記憶があります。今は原料の麦や米を蒸すのは機械ですが、当時は手作業でした。焼酎造りは温度管理も大切。以前は原料が採れた後、気温が低い秋から冬場に造っていましたが、今は空調設備が整ったので一年中造っています。

 焼酎ブームは80年ごろ始まります。弊社は85年に株式会社となり、5代目の私が最初の社長に就任しました。東京の問屋まで新幹線で通っていましたが、時間がかかって大変なので、沿線の広島、岡山、神戸、大阪、京都、名古屋、静岡に問屋を開拓。各地に販売網を広げました。

 こうした地場の問屋は次第に大手に吸収されましたが、幸いにも弊社の焼酎は各地の消費者に親しまれていたので、継続して扱ってもらっています。国際的な食品品質のコンテスト「モンドセレクション」では18年連続で受賞しました。今後は需要に応えられるだけの量を提供できる態勢を整えなければなりません。

 「歴史と味はどこにも負けない」との自負がありますが、選択の時代を迎えています。福岡では芋焼酎の方が人気があり、裏を返せば壱岐の麦焼酎を売り込む余地がまだあるということです。社員には「これからは壱岐の焼酎の時代だから頑張ろう」と呼び掛けています。

 

出身校/明治大学政経学部

好きな言葉/井戸を掘った人は忘れない

健康法/自然体