夢にかけるイレブン
<3>

  MF・田尻秀一   今度は長崎のために

 30歳。世間ではまだ「若造」扱いされがちな年齢だが、多くのアスリートの場合「ベテラン」と呼ばれる。それは時として「選手としてのピークを過ぎた」との意味合いが込められる。競技者として頂点を夢見ていた彼らはそこで、いや応なしに現実と向き合う。

 昨年秋。7年間所属していたアルエット熊本が、プロチーム(現ロッソ熊本)として生まれ変わると知らされた。プロになれば練習は昼間。仕事を辞めなければならない。自分の力の限界は分かっていた。愛着のあるチームでサッカーを続けられればいい、そのささやかな望みさえ唐突に断ち切られることが納得できなかった。

 「もう少し若ければ、戦ったかもしれませんね。でも最終的に、サッカーを愛する子どもたちにとって、地元に目標となるプロチームができたほうがいいと考えました」。直前の国体で左ひざの靱帯(じんたい)を痛め、復帰の見通しが立たないことも理由のひとつだった。

 それから半年間、サッカーを離れた。「このまま引退するのだろうか」。釈然としないまま日々を過ごした。今年2月、国見高時代の菊田忠典コーチ(長崎プロサッカークラブ推進委員会総務)から電話が入った。「恩返しと思って帰ってきてくれないか」。一気に視界が開けた。

MF・田尻秀一
攻撃の中心となるMF田尻秀一
 九州リーグの開幕まで1カ月余り。熊本に住んでいるため、平日はチーム練習に合流できない。仕事が終わると一人黙々と走り続けた。体力は戻ったが、左ひざの筋肉の回復が十分でないまま本番に突入せざるを得なかった。

 第3節のFC琉球戦で、田尻は復活を印象づけた。前半18分、左サイドでボールを受け、縦に抜けると見せて、素早く右足アウトサイドで切り返し。2人目のDFもフェイントでかわし、ドリブルで中央に切り込んだ。「だいぶ体がキレてきたという手応えがありました。これからです」

 「九州リーグは、同レベルや下位のチームとの対戦で取りこぼさないことが大事なんです。強いチームに負けても、取りこぼしがなかったチームが優勝したのを何度も見てきましたから」

 それでもロッソ熊本を倒したいと思う。それはよどんだ感情からではない。過去と決別しなければ、新たなスタートを切れない気がするのだ。

 ベテランと呼ばれるにはまだ早い。

 たじり・ひでかず  熊本市出身。北部東小2年でサッカーを始める。国見高2年で高校選手権優勝、3年で準優勝。桃山学院大からNTTに入社。アルエット熊本の主力としてJFL、九州リーグで活躍した。NTT西日本熊本支店勤務。170センチ。70キロ。30歳。

2005年5月14日長崎新聞掲載


←前項 トップに戻る