2度の大けが乗り越え躍動 清峰の背番号「1」古賀

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【決勝、清峰−鎮西学院】度重なるけがを乗り越え、完投勝利を挙げた清峰の古賀=県営ビッグNスタジアム
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最後の打者を打ち取った瞬間、清峰の背番号「1」は、最後まで守り抜いたマウンドで両手を突き上げた。駆け寄って来る仲間たち。歓喜の輪の中で胸が熱くなった。「けがばかりでチームに迷惑を掛けてきた。やっと貢献できた」。古賀の涙は止まらなかった。
1年の3月、冬場の走り込み過ぎが原因で右足を疲労骨折。夏に間に合わなかった。悔しさをばねに、次の冬も厳しい練習に耐えてきたが、今年4月、今度は左足が「骨膜炎」。疲労骨折寸前の状態だった。
「最後の夏も駄目なのか…」。落ち込みかけたころ、中学時代からのチームメート、主将の林や富永らが励ましてくれた。「本当に心強かった」。5月上旬から本格的に投球を再開。焦りもあったが、冬場の徹底した下半身強化が生きた。回復は早かった。
決勝の先発は、大会前から清水央彦部長に告げられていた。「決勝はおまえでいく」。清峰は2004、05年の決勝に、2年生投手を先発させて序盤に打ち込まれた。「最後は3年生。下級生とは精神的な強さ、甲子園への思いが違う」。清水部長は古賀に懸けた。
意気に感じて上がったマウンド。初回、わずか3球で1点を奪われた。「普通なら崩れてしまうところ」(吉田洸二監督)だったが、うろたえなかった。「低めに集めて打たせよう」。その後は好調鎮西学院打線から内野ゴロの山を築いた。
「けがのおかげで精神的には強くなれたのかもしれない」。2度の大けがを乗り越えてつかんだ甲子園。次はその夢舞台で、再び背番号「1」は躍動するつもりだ。(山口栄治)
2008年7月21日長崎新聞掲載
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