がんばれ県勢!! 北京五輪トップ > 城知哲の北京日記

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笑い、泣いた選手たち
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平和だからこそ
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参加国、地域の旗が国家体育場(愛称・鳥の巣)に再び集まった。笑みをたたえながら、別れの手を振る選手たち、拍手と歓声が鳴り響くスタンド…。平和の名の下に、言い換えれば、平和の二文字がなければ成り立たない祭典が、人々の笑顔とともに幕を閉じた。
テロを警戒して競技場の上空を飛び交うヘリ、各入場ゲートに自動小銃を携えて立つ兵士…。今回は厳戒態勢の中での五輪でもあった。日ごろ、銃を目にする機会が少ない私たち日本人にとって、その物々しさは恐怖でもあった。
大会に影を落とすような事件も相次いだ。8日の開会式。シドニー、アテネと2大会続けてきた韓国と北朝鮮の「統一旗」による入場行進は見られなかった。分断国家が示した重い現実。素直に拍手を送れなかった。「チベットに自由を」と抗議活動した米国人や日本人が、中国当局に拘束されたこともあった。
開会式で国際オリンピック委員会(IOC)のロゲ会長が「選手は、大会が、人種、性別、宗教、政治体制を超えた平和の集まりであることを忘れないでほしい」と訴えた。この切実な願いが、全世界に届いたかどうかは分からない。ただ、私が見た限り、選手たちは持てる力のすべてを発揮し、笑い、泣いた。つかの間の平和の下であるにせよ、そこには確かな一体感があった。
観客も同様だった。地元びいきであるのは仕方がない。だが、好プレーなどに対しては、いつしか拍手がわき起こるようになっていた。特に陸上会場のそれは感動的だった。あらゆる人種の選手たちに、あらゆる人種の観客が心からの称賛を贈る。何度も、何度も心が震えた。
閉会式、五輪旗がロンドンに引き継がれ、17日間、北京市内を照らし続けた聖火が消えた。少しの名残惜しさとともに、一抹の不安が込み上げてきた。来月のパラリンピック後、厳戒態勢が解かれた北京はどうなるのか。今回、世界にアピールした美しい街は、強引に造り上げた虚構にすぎないのではないか。そんなことを考えながら、今夏の平和の象徴だった鳥の巣を後にした。
気がつくと、北京に秋風が吹き始めていた。(本社運動部次長)
2008年8月25日長崎新聞掲載
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