がんばれ県勢!! 北京五輪

長崎発北京へ 五輪に挑む県勢
 ☆☆5☆
サッカー男子
吉田麻也(名古屋グランパス)
 一番吸収できる時期
無限の可能性秘めた19歳

 「今が一番吸収できる時期だと思う」。7−9日、千葉県であったU−23日本代表候補最終合宿。メンバー中、最年少の吉田麻也は、体を張りながら果敢にボールを追った。「失敗してもいいと思ってチャージした。やるだけのことはやった」。14日のメンバー発表。吉報が届いた。10代での五輪出場が決まった。

 小学2年から長崎市の南陵FCでボールをけり始めた。当時から体が大きく、キック力、身体能力は群を抜いていた。技術面については、父、有が「へなちょこ坊主。リフティングもまともにできなかった」というレベルだったが、明るい家族、指導者らに囲まれ、健やかに成長した。

 転機が訪れたのは小学6年の冬。7歳上の兄、穂波が、インターネットで名古屋グランパスU−15のセレクション実施を見つけたのがきっかけだった。ちょうどその時期、家族で名古屋へ行く予定があった。「いい機会だから受けさせよう」。家族は軽い気持ちだった。誰も合格するとは思ってもいなかった。

写真
チームの守備の要として代表入りした吉田麻也=千葉県習志野市、秋津サッカー場
 約70人が受けたセレクション。4人の合格者の中に名前があった。それからは、どうやったら名古屋で中学生が暮らせるのかを模索。結局、穂波が大学浪人をしながら、一緒にアパート暮らしをすることになった。

 ボールさばきなど技術面は周囲に劣っていたが、自分より上のレベルにいる選手への闘争心、体力、そしてサッカーに対する姿勢は負けてはいなかった。食生活面は穂波が献身的にサポート。「兄ちゃんのおかげでサッカーをやれた。頭が上がらないですね」。一歩一歩成長の階段を上がり、U−18、そしてトップチームへと昇格した。

 資本でもある体のケアは欠かさない。中学入学後は菓子、炭酸、ファストフード類を徹底して避けてきた。一度、兄の友人がハンバーガーをいっぱい買って訪ねてきたことがある。食べたい盛りの中学生。だが、吉田は「ちょっと貸して」と袋を手に取り、いきなり、その中に頭を突っ込んだ。においだけをかいで「もういい」。兄も友人もあっけにとられた。

 自らの成長のため、日常生活から万全の準備を続けてきた結果、今春、U−23日本代表に初招集された。そして、今年の目標に掲げていた「北京」をつかんだ。「選ばれなかった選手の分まで頑張ってきたい」。無限の可能性を秘めた19歳は、また一つ、北京の舞台でステップアップする。

略歴/よしだ・まや
 長崎市出身。仁田小2年から南陵FCでサッカーを始め、中学から名古屋グランパスのU−15(ジュニアユース)に所属。昨季からJ1のトップチームに昇格し、今季は開幕からスタメンで出場。高さ、1対1の強さに加え、攻撃参加する力も備える。父の教えで「サッカーもサービス業。サポーターがいなければ成り立たない」が信条。187センチ、78キロ。19歳。

2008年7月22日長崎新聞掲載








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