五輪イヤーに飛び出した体操界の超新星。第2次選考会(4月・東京)をトップ通過して注目を集めると、最終選考となる代表決定競技会(5月・岡山)も冨田洋之(セントラルスポーツ)に次いで2位に入り、19歳で五輪出場切符を手にした。10代での男子代表入りは、1996年アトランタ五輪の塚原直也(朝日生命)以来、3大会ぶりの快挙だった。 中学卒業後、その塚原にあこがれて上京。朝日生命体操クラブの門をたたいた。母、周子は「家族は一緒に暮らすのが一番いい」と上京に反対し続けたが、息子は自らの意志を貫いた。 東京では仲間とアパートで共同生活。高校の授業が終わってから、練習に参加する日々。苦しいときもあったが「塚原さんと一緒に練習したい」という一心だった。そして、世界レベルの技を見続けながら、大きく飛躍した。中学時代、全国大会42位が最高だった少年が、高校3年の春、全国選抜大会個人総合で日本一に輝いた。
脚力を生かした演技が持ち味。得意種目は床運動、跳馬で、空中姿勢の美しさは日本のエース冨田にも引けを取らない。幼いころから、両親が指導する内村スポーツクラブのトランポリンで磨いてきた空中感覚。体操男子監督の具志堅幸司監督も「子どものころから培ってきた感覚が生きている。ひねりのスピードと位置感覚に優れている」と高く評価している。 2大会連続での団体総合金メダルが期待される男子。冨田とともに体操ニッポンのエース格として臨む内村への期待は大きい。内村自身もそれは十分理解している。「目標は団体の金メダル。それを達成するために自分が任された仕事をしっかりやりたい」 塚原と同じ19歳で五輪の舞台に立つ。あこがれの人と実績で肩を並べた。でも、追いついたとは、思っていない。五輪出場が決まった日、内村は言った。「直也さんみたいにずっと強い選手でいたい」。世界で戦うアスリートとしての人生は、まだ始まったばかり。北京はそのファーストステップだ。 略歴/うちむら・こうへい 諫早市出身。幼いころから両親が指導する体操クラブで競技を続け、諫早中から東洋高(東京)に進学。高校3年時に全国選抜大会、全日本ジュニアで2冠に輝いた。北京では団体総合、種目別床運動、跳馬などでメダル獲得が期待される日本のホープ。妹の春日(鎮西学院高3年)も高校のトップアスリート。160センチ、54キロ。19歳。 2008年7月21日長崎新聞掲載
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