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車いすマラソンで北京を目指す 副島正純(37)=福岡・シーズアスリート=

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車いすマラソンでは世界ランキング1位。北京パラリンピックで金メダルが期待される副島正純=福岡市、雁の巣レクリエーションセンター
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2月17日、長距離界の新星、藤原新(26)=諫早高−拓大−JR東日本=が、日本人トップの2位に入った東京マラソン。車いす男子では、同じく諫早市出身の副島正純(シーズアスリート)が1時間27分15秒で、2年連続優勝のテープを切った。
昨年は東京マラソン優勝で好スタートを切り、ボストン、ベルリンなど国際大会を相次いで制した。今や、世界のトップランナーに成長した副島。今年の北京パラリンピックで金メダル獲得の期待も大きい。
副島は23歳だった1994年、家業の鉄工所の仕事をしていて事故に遭い、脊髄(せきずい)を損傷、車いす生活となった。大阪の病院に入院し、リハビリに励んでいるとき、知り合った人に車いす陸上の練習を見に連れて行ってもらった。運動が制限された身には、スポーツができることの驚きと、車いすで走る迫力に魅了され、翌年からマラソンを始めた。
持ち前の運動能力や、少年時代に剣道で培った精神力もあって記録を伸ばし、96年の初レース、はまなす大会(札幌)ハーフマラソンで3位に入った。しかし、素質に頼ることもそこまで。「さらに成長するには練習の積み重ねしかない」。仕事とレースの両立を模索し、何度か職場を変わったりした。そんな苦労が続く中、2004年のアテネパラリンピックの千六百メートルリレーメンバーに選ばれ、見事に銅メダルを獲得。翌05年、福岡市に「アソウ・ヒューマニーセンター」の運営で、障害者の新しい雇用開発と障害者スポーツの振興を目指す「シーズアスリート」が設立されて参加、仕事とレースを両立する環境が整った。
その後の活躍は目覚ましく、06年には世界選手権で3位に入り、ホノルル大会では優勝。昨年には日本人として初めてボストン、ベルリン大会を制し、ホノルルは3連覇。東京マラソンでも初優勝を飾った。さらにソウル国際大会は2位だったが、1時間22分17秒の日本新記録を打ち立て、今やマラソンでは世界ランキング1位のトップアスリートとなった。
そして今年の東京マラソンでは「風が強くタフなコンディション」の中を力走し、2連覇を達成。続く京都での第19回全国車いす駅伝競走大会では、重要な1区を受け持ち、2位に50秒の差をつける見事な区間賞で、福岡チームを悲願の初優勝へ導いた。ちなみに車いす駅伝ではかつて、本県チームにも加わり、上位入賞に貢献したこともある。
今後も毎月のようにレースがあり、16日にはポルトガルでリスボンのハーフ大会、来月は2週連続でボストン、ソウル国際大会と続く。今年の最大の目標としているのは、やはり北京パラリンピック。マラソンをはじめ中・長距離での表彰台を見据えるが「それがすべてではない。一つ一つのレースを楽しみ、結果を出したい。障害者としてではなく、一人の人間として自分の人生を楽しんでいることを、多くの人に伝えたい」と話す。
「やはり、常に練習していないと不安だから」と、普段は福岡市東区の雁の巣レクリエーションセンターで、日に約40キロの練習を欠かさない。住まいも近くに引っ越した。家族は妻の美幸さん(35)とミニチュアダックスの「梅」と「桃」。取材の日も、玄界灘から吹き付ける強風をものともせず、レーサーを力強く加速させてコースへ出て行った。(運動部・山内浩)
2008年3月6日長崎新聞掲載
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