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「力は出し切った」 男子20キロ競歩16位の森岡選手インタビュー

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「将来は表彰台に立ちたい」と語る森岡紘一朗=五輪選手村
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【北京=本社運動部・城知哲】16日、陸上男子20キロ競歩に挑み、1時間21分57秒の16位でゴールした諫早市出身の森岡紘一朗(富士通)。2003年長崎ゆめ総体五千メートル競歩で「トップゴール後の失格」という屈辱を味わってから5年。夢であり、目標であった舞台に立ち、自らの持てる力を出し切った。18日、競技を終えた本県陸上界のリーダーに、レースに懸けた思い、今後の目標などを聞いた。
−13日に北京入りしたときの率直な感想を。
やっぱり大気汚染が心配だったが、気にならなかった。4月のプレ大会よりも良かった。選手村の食事なども、これまで出場してきた国際大会の中でもいい方だった。
−レース本番、スタートラインに立ったときの気持ちを。
夢の五輪の舞台。もっと緊張して、自分を見失うかと思っていたが、予想外に冷静だった。状態も良かったので、自信を持って立てた。
−レースを振り返って。14キロ手前までは先頭集団につけたが。
もっとスローペースになると考えていた。10キロすぎからは、今まで体験したことがないペースになり、残り6キロを粘れなかった。ただ、限界までつこうと思って、それができたので、自分の力は出せた。
−攻めのレースはできたか。
力を出し切っての負けなので悔いはない。自分のペースでいけば、もっと記録は良かったのかもしれないが、目標が入賞だったので先頭集団についた。精いっぱいやれた。ただ、日本人トップを逃したのは残念。
−ゴールの瞬間は。
入賞できなくて悔しいと思ったが、すぐに“何度でもこの舞台に立ちたい”という気持ちがわいてきた。
−これからの課題、目標を。
目標は五輪の入賞。そのためには、まだスピードが足りない。ここを重点的に取り組んで、将来的には表彰台に立ちたいと思っている。
−本県陸上界のリーダーとしてひと言。
リーダーというタイプではないのだが、この経験を県内の陸上競技者に少しでも伝えていけたらと思う。僕の姿を見て“続きたい”という子どもたちが出てきてくれればうれしい。昔は僕もその中の一人だった。
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インタビュー後、「今年の国体は?」と問い掛けてみたら、間髪入れずに「出させていただきます。予選に出られないのが心苦しいんですが…」という答えが返ってきた。謙虚さに加え、県に対して「育ててもらった」という恩を忘れない世界のトップアスリート。4年後、いや8年後でもいい。五輪の表彰台に立つ姿を見たい、と強く思った。
2008年8月19日長崎新聞掲載
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