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第6日/大束選手、バドミントン男子複5位 2組の“両親”最高の親孝行に

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大束選手の健闘に拍手を送る八代東高の権藤浩二監督(右)と妻の麻衣子さん=北京工大体育館
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【北京=本社運動部・城知哲】十三日、北京五輪バドミントン男子ダブルス準々決勝のコートに立った長崎市出身の大束忠司選手(大浦中−八代東高−日体大−トナミ運輸)。その勇姿を高校時代の恩師、権藤浩二監督と妻の麻衣子さんは、しっかりとまぶたに焼き付けた。“息子”が招いてくれた世界最高の舞台。夫妻には忘れられない一日になった。「お疲れさま忠司、ありがとう、よう頑張ったな」
大束選手は中学卒業後、熊本県にバドミントン留学。八代市の権藤監督の実家で下宿生活を送りながら、練習に励んだ。長崎市出身の麻衣子さんは、古里から来た大束選手を、実の息子のようにかわいがった。「忠司君は仲間をまとめて、盛り上げてくれた。本当に明るかった」と当時を懐かしむ。
高校3年間で、権藤監督から「2、3回は殴られた」。だが、その原因はバドミントンとは無関係。「帰りが遅くなったりとか、私生活でひどくしかられた。でも、その厳しさがなかったら、今の僕はない」。技術うんぬんの話ではない。人を人として育てる。権藤監督の信念は、その後の大束選手の人生に大きな影響を与えた。
30歳の大束選手は、今年を「選手人生の集大成」と位置づけている。それだけに、北京に懸ける思いは人一倍だった。「長崎と熊本の両親を絶対に北京に連れて行きたい。自分の姿を見てもらいたい」。感謝の気持ちでつかんだ二度目の五輪切符だった。
メダルには惜しくも届かなかった。だが、権藤監督は「きのうも、きょうもいいゲームだった。感動させてもらった」。麻衣子さんも「よく頑張ったと思う。それだけです…」。2人の目は涙でいっぱいだった。
北京は最高の親孝行の舞台となった。
2008年8月14日長崎新聞掲載
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