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第3日/バレーボール 朝長スタメン出場 勝負は次から
【北京=本社運動部・城知哲記者】夢にまで見た五輪の大舞台。大村市出身の朝長孝介(堺)は、日本の司令塔として、スタートからコートに立った。自らを「平凡な人間」と評する男が、誰にも負けない練習量でつかんだ聖地。試合は1−3で敗れたが、持ち前のアタッカー陣を生かすトスワークは披露できた。第2戦以降につながる丁寧なトスを上げ続けた。
満を持して臨んだイタリアとの予選リーグ第1戦。6月の世界最終予選(東京)で喫した悪夢の逆転負けの屈辱を晴らすため、日本の選手たちは勢いよくコートに飛び出した。だが、序盤から全員の動きが硬く、サーブミスを連発。イタリアの石島(堺)狙いのサーブに守備も崩され、2セットを連取された。
第3セットは当たりが出だした清水(東海大)にボールを集め、25−23で取り返したが、勢いもそこまで。朝長は「みんなが緊張をほぐすまでに時間がかかった。レシーブが乱れたので、クイックが使えず、サイドアタッカーに頼らざるを得なかった」と残念そうに試合を振り返った。
朝長の恩師である大村工高バレーボール部の伊藤孝浩監督も、同じように敗因を分析した。地元でテレビ観戦して「常にメダルを取って帰るイタリアと、場慣れしていない日本の差。出続けることの大切さを痛感させられた一戦だった」。ただ、教え子が五輪のコートに立ったことについては感無量の様子。「スポーツを志す者のあこがれの場。自分も一緒に戦っているようだった」と喜びをかみしめていた。
朝長の五輪デビュー戦は「日本らしいプレーをやらせることができないまま終わった」。しかし、これから18日の米国戦まで、予選リーグは計4試合残っている。「サーブレシーブとコンビを修正する。本当の勝負は次からです」。前向きな表情と言葉の力強さが、巻き返しを予感させた。
2008年8月11日長崎新聞掲載
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