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サッカー代表、吉田選手の同級生 松山太洋さん(19)

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北京五輪サッカー男子、日本−米国戦に熱い視線を送る松山太洋さん=長崎市の実家
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障害乗り越え「自分も夢を」
七日開幕した北京五輪サッカー男子に、日本代表として出場している長崎市立仁田小出身のDF吉田麻也選手(名古屋グランパス)。同小の同級生で、親友でもある彼の活躍に刺激を受けながら、社会福祉士を目指す青年がいる。松山太洋さん(19)。「彼が頑張っているから、自分も」。現在、佐世保市に住み、車いすで長崎国際大に通いながら、目標への階段をゆっくりと着実に上っている。
松山さんは、脳性まひにより、生まれつき両脚と左腕の自由が利かない。歩行器を使って通った仁田小で、6年間同じクラスで過ごしたのが吉田選手。長身で、周りには自然と人が集まる人気者だった。
松山さんが移動する際は、友人たちが手助けしてくれた。いつも横には吉田選手の姿があった。松山さんの母、由美さん(42)は振り返る。「みんなが『太ちゃん』って呼んでお世話をしてくれた。それはもちろんうれしかった。でも、麻也君は1年のころから太洋を『松山』と呼んでくれた。同じ目線で見てくれていたように思う」。
小さいころから、スポーツ観戦が好きだった。松山さんにとって、小学校卒業後、親元を離れて名古屋グランパスU−15に進み、プロとなった友人はあこがれの存在でもある。一方で、吉田選手も友情を忘れることはない。暑中見舞いや年賀状、ことあるごとに名古屋から手紙が届く。それには「俺(おれ)も頑張っている。お前も頑張れよ」など、必ず直筆のメッセージが添えられている。
小学生のころの吉田選手は、特別すごい選手ではなかったという。由美さんは「気持ちがあれば、何でもできるということを示した代表選手」と評する。
七日の米国戦で出番はなかったが、松山さんは必ず五輪のピッチで活躍する彼の姿が見られると信じている。187センチの恵まれた体格と強い気持ちを武器に、2年目にして名古屋のスタメンに定着した吉田選手。松山さんも障害者の視点を生かして、福祉の分野で働くプロを目指している。
2008年8月8日長崎新聞掲載
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