駆け上がった全国4強 無欲の全員野球


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【長崎日大−佐賀北】試合後、アルプススタンドに向かう長崎日大の選手たち=甲子園
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スター選手がいるわけではない。前評判も高くはなかった。そんなチームが駆け上がった夏の全国4強。最後は力尽きたが、金城孝夫監督は「甲子園を狙うのも厳しいと思っていた子どもたち。心から褒めてあげたい」と穏やかな表情で選手たちをねぎらった。
この日は、最後まで流れを引き寄せられなかった。二回、スクイズで先制を許した後、四回にもバッテリーミスで失点。このビハインドで「すべてが後手に回ってしまった」(金城監督)。打線も佐賀北の投手陣に抑えられた。
それでも、一人としてあきらめはしなかった。「全員野球」でたどり着いた準決勝。少しでも長くプレーをしたかった。3回戦まで続けてきた逆転勝ちはできなかったが、打順にこだわらず、つないで、送って、走者を返す。そして守り抜く。普通のチームでも、全員で戦えば全国で通用することを証明した。
現3年生は監督交代や特待生問題などに翻弄(ほんろう)されたこともあった。嫌な思いやつらい思いも味わってきた。それでも、必死で頑張ってきた。渡瀬尚部長は「誰ひとりとして途中で投げ出さなかった。逆にそのたびに気持ちを結束させていった。素晴らしい生徒たちです…」。3年間、選手と一緒に汗を流してきた指導者は声を詰まらせた。
長崎日大の夏が終わった。県勢初の全国制覇は持ち越されたが、今夏、いろんな苦しみを乗り越えて残したナインの足跡は、大きく、忘れられないものになった。断言してもいいかもしれない。県勢最高の夏だった。(緒方)
2007年8月22日長崎新聞掲載
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