家族と夢見た大舞台 4強入りの要、上戸彰選手

弟の姿がよく見えるようにと、バックネットに近い席に座った。腕を組み、真剣な表情で戦況を見詰める。長崎日大が4強入りを決めると、「やってくれましたね」。正捕手として日大の快進撃を支える上戸彰選手の兄、勲さん(28)は白い歯をこぼした。
11年前、勲さんも瓊浦高の中心選手として甲子園を目指した。だが、3年の夏、準決勝で優勝候補の波佐見に惜敗した。その年、波佐見は全国8強まで進んだ。
勲さんに野球を教えてくれたのは父、敏幸さんだった。地元野球チームのコーチを務める父は付ききりで基礎を教えてくれた。「野球には厳しいが、普段は優しい父親」。そして、「甲子園は父にとっても夢だった。だれよりも連れて行きたかった」
勲さんが20歳の時、父は突然、自宅で倒れた。持病の心臓病が命を奪った。53歳だった。
勲さんと弟の年の差は10歳。当時、「自分が父親代わりになる」と強く決意した。小学3年でソフトボールを始め、中学から本格的に野球を始めた弟に、厳しく指導してきた。「日大で野球をしたい」と言う弟に、「強豪校では中途半端な気持ちは通用しない」と、時には手を上げることもあった。いつの間にか、記憶に残る父の姿を追っていた。そんな2人を母のみどりさん(53)、長女のめぐみさん(26)が支え、家族で応援してきた。
上戸選手は「家族がいたから今の自分がある」と感謝する。そして、「甲子園の舞台に立つと、父にも見守られている気がするんです」。
亡き父と家族にささげる勝利−。上戸選手の野球バッグの中には、幼い自分を抱いた父の写真が、お守りのようにしのばせてある。
2007年8月21日長崎新聞掲載
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