選手に夢託し最後の夏 裏方でチーム支える早田マネジャー

左腕には腕時計の日焼けのあとがくっきり。長崎日大野球部のマネジャー、早田祐太郎(3年)は裏方としてチームを支える。
諫早市立高来中では、外野手だった。2年の夏、県営ビッグNスタジアムに長崎大会決勝を見に行った。六回一死満塁から、走者一掃の左越え三塁打を放った長崎日大の選手に感激。「あんな選手になりたい」。数年後の自分を重ねた。
甲子園への夢を胸に、長崎日大を進学先に選んだ。しかし、入学直前に左足首を骨折。ようやく故障も癒え、チームに合流したのは6月。しかし無理がたたった。7月、今度は腰を痛め、また練習から離れた。
年が明けて1月、渡瀬尚部長からマネジャーにならないか、と言われた。うすうす、そうなることは感じていた。「どんな形でもいいから、甲子園に行きたい」と思った。「やります」
どうすれば練習を効率よく行えるか。選手の理想的な水分の摂取量は−。すぐにマネジャーの勉強を始めた。テーピングに関する専門書も買った。選手の好みに合わせてテープの種類や張り方、巻き方を変えるなど、努力は怠らない。長崎大会の開幕前日には、ユニホームを20着すべて自宅に持ち帰って、背番号を一針一針縫い付けた。夜9時から始めて、終わったときには、時計の針は午前4時を回っていた。チームは甲子園出場を決めた。努力は報われた。
金城孝夫監督は「まだまだ、ダメージャーだよ」と笑う。しかし「私にとってのマネジャーとは、チーム全体のマネジメントをできる存在。甲子園に行けたのはチーム全体の力だが、もちろん彼の力もあった。よく成長してくれた」と話す。そして「自分はマネジャーが良かった年にしか、甲子園に行った経験がないんですよ」。最高の褒め言葉を、早田に贈る。
柔道整復師を目指している。卒業後は、知人の整骨院で住み込みで手伝いをしながら、福岡の専門学校に通うつもりだ。そして、いつかは地元に戻りたいと思っている。「高校野球にかかわりたい。何よりも、頑張っている選手の姿を見たいから」。自分はけがで選手の道を断ったから分かる。「選手に、百パーセント力を出し切らせてあげる存在になりたい」。チームはきょう、初戦を迎える。マネジャーとして迎える最後の、最高の夏。きっと、長くなると信じている。(運動部・緒方庸介)
2007年8月12日長崎新聞掲載
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