第61回国民体育大会 のじぎく兵庫国体 <第4日>
2006年10月4日長崎新聞掲載
水泳/森が大会新で優勝 成年男子200個人メドレー

 【本社取材班】第61回国民体育大会(のじぎく兵庫国体)第4日は3日、兵庫県内(ライフル射撃は大阪府で開催)で19競技(公開競技の高校野球、ビーチバレーを除く)を行った。

 県勢は、水泳成年男子二百メートル個人メドレーの森隆弘(スポーツアカデミー長崎)が2分0秒24の大会新で優勝、少年女子B二百メートル個人メドレーの川野由夏(諫早中)は4位入賞した。同A百メートル背泳ぎの田中成美(純心女高)は予選5位で決勝へ進んだ。

 九州文化高単独のバレーボール少年女子は準決勝で大阪を下し、3連覇が懸かる決勝に進出。ボウリング成年女子年齢別個人戦マスターズ(50歳以上)の村川ナツ子(県ボウリング連盟)は3位入賞。山岳の少年女子クライミングは6位、同男子クライミングは7位と健闘した。

 ライフル射撃は成年女子3姿勢(60発、決勝10発)の宮田智美(日東カストディアルサービス)、同エア立射(40発、決勝10発)の福田聖恵(熊本大)がともに6位、同エアピストル(40発、決勝10発)の島田加奈(浦上警察署)は7位と、計3種目で入賞した。

 レスリングは、少年男子グレコローマンスタイル55キロ級の溝口皓司(大村工高)が5位入賞を果たした。

 第5日は4日、16競技を実施。県勢は4競技に出場する。


森、北京への復活の一歩

森隆弘
見事な復活Vを飾り、観客席からの拍手に手を振って応える森=尼崎市、尼崎スポーツの森
 残り50メートル。ライバルが視界から消えた。あとは自己との闘い。「頑張れ、森。ラストだ!」。大観衆の声援を後押しに、ゴール板を思い切りたたいた。2分0秒24。電光掲示板に光る「大会新」の文字を確認すると、26歳の元五輪代表は、プールの中で小さなガッツポーズを繰り返しながら勝利の喜びをかみしめた。

 レースを終えたヒーローをカメラの放列が追った。まばゆいフラッシュ。「(僕を拾ってくれた)長崎のために恩返ししたかった。ようやくここまでたどり着きました…」。インタビューで森はそう言って、声を詰まらせた。

 競技人生の集大成と誓った2004年のアテネ五輪で6位入賞を果たし、完全燃焼したはずだった。だが、現役引退後に水泳指導員となり、それまで競ってきたライバルたちの活躍や、手足が不自由なスイマー、未来の五輪選手を目指す子どもたちの懸命に泳ぐ姿を見るにつけ、自問自答した。「おれは本当に完全燃焼したんだろうか」

 昨年10月、現役復帰を決意。だが所属先も練習場所もない。そんなときに手を差し伸べてくれたのが長崎市内のスイミングクラブだった。縁もゆかりもない長崎を、森は復活へのスタートの地に選んだ。

 だが、1年半のブランクは予想以上に大きかった。共にアテネ五輪に出場した23歳の三木二郎(ミズノ)や22歳の松田丈志(中京大)ら新世代が続々と育っていた。「今さら何を目指すのか」。森に対する水泳関係者の視線は冷ややかだった。

 そんな雑音や重圧を渾(こん)身のレースではね返し、今もトップクラスの力があることを実証して見せた。「久しぶりの優勝は確かにうれしい。でも、僕の目指す舞台はまだ先にある」。28歳で迎える2年後の北京五輪を見据えながら、森の挑戦は続く。(西)


川野4位入賞 少年女子B200個人メドレー

 プールサイドで飛び切りの笑顔がはじけた。少年女子B二百メートル個人メドレーの川野由夏(諫早中)は、2分20秒39の自己ベストで4位。予選7位から一気に3人を抜き、初の国体入賞に「信じられない」と繰り返した。

 表彰台を狙った今夏の全国中学大会は18位と惨敗。「気負い過ぎて何もできないまま終わった」。今回は前半から飛ばした。「悔いの残るレースだけはしたくない」。得意のバタフライと背泳ぎで設定タイムをクリア。苦手の自由形も無難にまとめた。

 副田慎一郎監督は「短期間でよくフォーム改造ができた。まだまだ課題は残るが、上(高校生)に進んでからクリアできる」と太鼓判。川野も「90点。来春の日本選手権やインターハイが楽しみ」と早くも来シーズンを見据えていた。



ボウリング/村上3位 成年女子年齢別個人マスターズ

村川ナツ子
【ボウリング成年女子年齢別個人マスターズ決勝】国体初出場で3位入賞した村川ナツ子(県連盟)=神戸市、六甲ボウル
 最終ゲーム開始の時点で、首位と5ピン差の2位につけた。ボウリング成年女子年齢別個人マスターズ(50歳以上)決勝。村川ナツ子(53)=県連盟=は、緩やかな曲線でピンをとらえ続けた。連続スペアで首位に立ち、第8フレームまではトップ。だが、終盤にミスが重なり、兵庫、北海道に抜かれ3位に後退した。

 「ごめんなさい」。うつむく村川を、応援席は拍手で迎えた。温かい輪の中で、徐々に笑顔が戻った。

 長年、趣味で続けていた夫の明さん(53)に教わり、40歳から競技を始めた。地元、壱岐ボウルの辻貴司監督の指導で面白いようにスコアが伸び、のめりこんでいった。全九州大会で個人4位に入ったことはあるが、全国では無名。国体は県選手選考会が4次まであり、毎回長崎市内に出向かなければならない。時間や金銭的にも負担が大きいため、縁がなかった。

 それでも県内大会などで好成績を続け、五輪節子監督(マリンボウル)らの熱心な勧めで、今回初挑戦を決めた。県代表の座をつかんだ後も、毎日8―10ゲームと徹底的に投げ込んできた。

 「まぐれです。これからもずっと大好きなボウリングを続けたい」と照れ笑いする村川。もう一つうれしいことがある。「だんなのスコアを超えるようになったんです」。そう言ってまた「うふふ」と笑った。(田下)



バレー/九州文化が3連覇王手 少年女子準決勝

本田つばさ
【バレーボール少年女子準決勝、長崎―大阪】第5セット、長崎のレフト本田つばさ(九州文化高)のスパイクが決まり6点目=たつの市立龍野体育館
 バレーボール少年女子準決勝。九州文化高単独の本県チームはフルセットの末、強豪大阪を3―2で破り、国体3連覇へ王手をかけた。中でも、2年生エース本田つばさの活躍がひときわ光った。

 第3セット、21―14とリードした場面。本田のスパイクは相手レシーブで跳ね返り、ネットを越えて戻ってきた。レフト峯村が飛び込んで拾い、ボールは目の前に。体勢は整っていなかったが夢中でジャンプし、もう一度スパイク。相手コートに突き刺さった。「チームのみんながつないでくれたボール。無駄にはしたくなかった」

 1年生でレフトに起用され、エースとして活躍。だが、今夏のインターハイを前に井上博明監督から何度も怒鳴られた。「お前は自分のことばかり考えている」。九文の持ち味は、支え合うチームバレーである。どんなにきつい状況でも、声を出して励ます。自分にはその余裕がないことに気付いた。涙をぬぐいながら練習を続けた。

 レフト、センターとポジションを代わり、8月半ばから再びレフトに戻った。「大事な場面でボールを上げてもらえる」。自分の居場所はやはりここだと思う。

 決勝の相手は山口県。「先輩たちにとって最後の試合。自分に上がったトスは絶対に決める」。エースであることの喜びと責任を、あらためて感じている。(緒方)



ボクシング/5位入賞の末永、腰痛で踏み込めず

 「腰がどうにもならん。限界かな」

 ボクシング少年の部ライトフライ級準々決勝。1ラウンドを終えて青コーナーに戻った末永龍太(有馬商高)はそうつぶやいた。持病の腰痛でいつもの踏み込みの効いた右ストレートが打てない。2ラウンド以降も華麗なステップワークとヒットアンドアウエーは影を潜め、左ジャブで何とか距離を取ろうとするが、相手の直線的なラッシュに防戦一方となった。

 リング下の控え席には試合を待つ高校5冠の井岡一翔(大阪・興国高)がいた。今夏のインターハイ決勝で敗れた相手。インターハイでの別れ際、井岡は末永にこう言った。「国体で待ってる」

 その約束を果たすため、末永はインターハイ後も頑張ってきた。「井岡ともう一度戦うまで負けられない」。気持ちとは裏腹に思うように動かない体。焦りが募る。セコンドの市川稔監督(有馬商高教)には末永の気持ちが痛いほど分かった。だが、「最後だ。楽しめよ」と声を掛けることしかできなかった。試合は6―12の判定負け。井岡との再戦は果たせなかった。悔しさがふつふつと込み上げてきた。

 入学当初は荒れた生活をしていたという末永。ボクシングとの出合い、市川監督の熱心な指導が末永を変えた。わずか2年半の競技生活だったが、インターハイでは全国2位の成績を残し、来春で閉校となる母校の歴史に有終の美を刻むこともできた。

 卒業後は就職希望のためボクシングはやめるつもりだ。「最後は負けたけど、それもおれらしい。市川先生に助けてもらったように、今度はおれが人の役に立つ仕事がしたい。福祉の仕事ができれば」。ボクシングに代わる新たな目標がおぼろげながら見えてきた。(西)