


|


|
<4>
|

2004年春の選抜大会出場を逃し、清峰ナインは意気消沈した。当時の主将・松原大樹は誓った。「もう人の評価はあてにしない。実力でつかみ取ってやる」
夏の甲子園予選が開幕した。初戦の対西彼杵は7―0の七回コールド勝ち。続く諫早東も6―1。準々決勝で古豪長崎商を8―2、準決勝は名門波佐見を9―1の七回コールドで撃破した。
甲子園まであと1勝。相手は強豪佐世保実。監督・吉田洸二はエースの先発を回避し、控えの2年生古川秀一をマウンドに送った。古川は決勝の重圧に耐えきれず、7―9で敗退。「努力しても努力しても届かない。甲子園は何て遠いんだ」。松原は号泣した。
ショックを引きずったまま迎えた秋の県大会は佐世保地区予選で佐世保北に0―7の七回コールドで大敗。翌2005年春の県大会も2回戦で瓊浦に0―1の2安打完封負け。「今季の清峰は大したことないね」。他校の監督はほくそ笑んだ。

|
創部50年目で初の甲子園出場を勝ち取り、歓喜する清峰ナイン
|
3カ月後、第87回全国高校野球選手権長崎大会が開幕。「二度とあんな悔しさは味わいたくない」。熱い思いを込めた打球が抜けていく。3試合連続五回コールドの圧勝。甲子園常連の長崎日大も10―0で一蹴(いっしゅう)した。
決勝は三回表を終え瓊浦が大量7点のリード。「今年もか…」。スタンドはため息に包まれた。その裏、普段物静かな主将の大石剛志が、珍しくげきを飛ばした。「おれと大雅(4番森)の前にランナーをためろ。2人で何とかしてやるから」。口先だけではなかった。2死無走者で打席に入った大石が左前打で出塁。続く森は左越え二塁打で1点を返した。
これで打線が勢いづいた。毎回得点を重ね、七回には6点を奪い逆転。三回から救援したエース古川はわずか1失点。最後は自己最速141キロの直球で三振に打ち取り、昨夏の雪辱を果たした。
その夜、吉田の携帯電話が鳴った。相手は鳴門工高監督の高橋広。鳴門工もこの日、甲子園出場を決めていた。「あの展開からよく逆転したな。甲子園で会おう」。吉田は答えた。「楽しみにしています」
「不思議ですね。選手に浮かれた様子がないんですよ。こんな好機は二度とない。本気で狙ってみたい」。今の吉田には「甲子園初出場、初優勝」が必ずしも絵空事とは思えない。そしてもし、決勝で鳴門工と戦えたら―そう考えただけで身震いしそうになるのだ。
(文中敬称略)
2005年7月29日長崎新聞掲載
|
|