佐々の町に自信と活気

 【江迎】北松佐々町中川原免の県立清峰高体育館には生徒や教職員、野球部OB、卒業生ら約150人が詰め掛け、大型スクリーンに映るアルプススタンドと一体になって応援した。

 最終回は総立ちで応援したが、願いかなわずゲームセット。一瞬静まり返った後すぐに拍手がわき起こり、校歌を歌って健闘をたたえた。

 松瀬太郎校長(57)は「土壇場で意地を見せ、清峰らしい野球だった。県を越えて生徒が集まる学校に、小さな町の県立校が勝てたことが痛快だった」。野球部OBの横田満久さん(57)は「最後まで試合を捨てなかった。地域をこれだけ盛り上げてくれたことに感謝したい」と笑顔を見せた。

 石炭産業の全盛期は約2万3000人に上った人口も、エネルギー革命などで一時は約1万人に減少。1952年に北松南高として創立した同校も、1学年の定員が400人という時期があったが、2003年に学科改編で清峰に校名変更する前は、定員割れに落ち込んだ。

 無名の県立校で、優秀な選手を獲得できない。野球部に専用グラウンドはなく、雨の日は使えない―などのハンディを背負いながら、地元出身者だけのチームで快進撃を遂げた。

 この日、町文化会館でも住民ら約160人が応援。特別後援会会長の関耕二佐々町長(64)は「涙が出た。選手の活躍は田舎でもやれるという自信と活気をもたらし、町を一つにしてくれた。町に残してくれた功績は計り知れない」と目を細めた。

2005年8月17日長崎新聞掲載



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