清峰、8強逃す 強豪大阪桐蔭に惜敗
【本社取材班】第87回全国高校野球選手権大会第11日は十六日、兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で3回戦残り4試合が行われ、本県代表・清峰は大阪桐蔭(大阪)に1―4で惜敗し、初のベスト8入りは成らなかった。
清峰は3連投のエース古川が立ち上がりに捕まった。初回二死満塁から二塁打を浴び3失点。五回にもソロ本塁打を許した。打線は大阪桐蔭の超高校級左腕・辻内の前に沈黙。最終回、大石剛の中越えソロ本塁打で1点を返し、なおも1死満塁と詰め寄ったが、後続を絶たれた。
大石剛、本塁打で一矢 満塁のチャンス逃す
「打ってくれ…」。ベンチも、応援席も祈るように見詰めた。1―4で迎えた最終回二死満塁、一打同点の好機。清峰の古川は直球一本に狙いを定めた。狙い通り。カウント2―1から152キロの速球を振り抜いた。だが、バットは無情にも空を切った。
清峰ナインの夏は終わった。最激戦区を戦い抜いた満足感と、あと一歩及ばなかった悔しさが交錯した。吉田洸二監督は穏やかな笑みを浮かべナインを迎えた。「お前たち、よく頑張ったよ」
相手は大阪桐蔭の超高校級左腕・辻内。「1点もやれない」。精神的な重圧がエース古川の球の切れを奪った。最大の武器スライダーが要所で決まらず初回に3失点。今大会初めて先行された。
好調だった打線も鳴りを潜めた。「直球が手元でぐっと伸びる。想像を超えた球威だった」(主砲森)。速球を意識するあまり、甘い球も打ち損じた。
「辻内君は予想以上に落ち着いていた。もう少し私に力があれば」。吉田監督は自分を責める。だが、監督就任わずか4年余で甲子園に初出場。春の覇者、愛工大名電(愛知)、昨春優勝、昨夏準優勝の済美(愛媛)を相次ぎ破った。人口約1万4000人の小さな町からやって来た地元っ子だけの野球部の快進撃。甲子園の観客はもとより、県民、全国の高校野球ファンは心躍らせた。
拍手は鳴りやまなかった。「また、甲子園に帰ってこいよ」。約5万人の大観衆が清峰ナインを優しく包んだ。「胸を張って長崎に帰る」。大石剛主将はそう言って、暮れかけた空を仰いだ。(西)
古川、悔いなし力投 8回3者連続三振
八回裏二死二塁。マウンド上の清峰のエース古川に、吉田監督から伝令が送られた。「勝つ望みをつなぎたかったら抑えてくれ」。当然だ。まだあきらめてはいない。それどころか、3者連続三振を狙っていた。こん身の力を込めた125球目はこの日最速の140キロ。打者は動けなかった。
九回表、最後の打者も古川だった。大阪桐蔭のエース辻内も全力で応えた。152キロの直球にバットは空を切った。「大観衆の前で、優勝候補の大阪桐蔭と大勝負ができた。楽しかった」。古川は笑顔さえ見せた。
「(3連投の)疲れはなかった」というが、明らかに本来の調子ではなかった。指のかかりが悪く、直球は抜け、スライダーは球1個分、甘く入った。初回に3失点。五回には「真ん中に入ってしまった」というカーブを左翼席に運ばれた。
3度目の挑戦で勝ち取った夢舞台。決して大きいとはいえない172センチ、73キロの左腕エースは、3試合を一人で投げ抜いた。「甲子園の舞台が彼を成長させてくれた。頼もしかった」。吉田監督は振り返る。
「全国の壁は感じなかった。甲子園にありがとうと言いたい。でも僕にとってここは通過点です」。小さな大投手は胸を張った。(西)
大会最多犠打8へ好機2度 6番佐々木伸
大会最多犠打「8」の記録にあと1つと迫った清峰の6番佐々木伸が2度の好機を逃し、記録更新はならなかった。「相手エースの球威に押されて打球を殺せなかった」
観衆と報道陣がかたずをのんで見守ったが、五回無死一塁は相手野手の好守に阻まれ、七回一死一塁は三邪飛に倒れた。「記録は意識していない。それよりチームの勝利に貢献できなかったことが…」と悔やみきれない様子だった。
それでも、初戦で3個、2回戦で4個の犠牲バントを成功させ、遊撃の守備でも華麗なフィールディングで注目を集めた。まだ2年生。「努力が足りないということ。もっと練習して、甲子園に帰ってきたい」とサバサバした表情だった。
競い合って活躍 双子の大石剛志、将人
清峰の大石剛志、将人の双子の選手が甲子園で3番、2番を打ち競演した。兄で主将の剛志は最終回に一矢報いるソロ本塁打。弟・将人は堅守とつなぐ打撃でチームに貢献した。
小学1年で共にソフトボールを始めた。兄が投手で弟は遊撃手。「兄はしっかり者で弟はおおらかな性格。全く正反対の2人だけに家で一緒に練習することはなかったが、互いに何かを感じ取り、切磋琢磨(せっさたくま)していた」と父親の光春さん。
県予選は好調だった剛志が、甲子園の2試合で8打数2安打。将人は兄の不調を気にしていた。将人は「何かやってくれると信じていた。すべての面で僕の見本。そしてライバルでありたい人」と喜んだ。剛志は「あいつがいたから僕も頑張れた。この夏は一生の思い出です」と健闘をたたえ合った。
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