インターハイ あのとき
<10完>
 勇気と自信をくれた夏
 ハンドボール 岩永生 (筑波大)

 「君たちがいるんだから日本一を狙える。やれるはずだ」。瓊浦高入学当初から、新井善文監督が口にしていた言葉だが、岩永生ら当時の1年生たちは「僕たちは県優勝が目標。何で先生はこんなに自信があるんだろう」と、まるで人ごとのようにとらえていた。

 そんな気持ちが、時間の経過とともに変化してきた。1年の夏、岩手インターハイで8強入りすると、続く3月の全国高校選抜大会で準優勝。2年夏の岐阜インターハイも、当時からU―23日本代表に選出されていた岩永をはじめ、U―19の小川直宏、志水孝行ら2年生主体チームで準優勝。選手たちに「おれたちが最上級生になったら勝てる」という自信が芽生えると同時に、ハンドボール関係者から「来季は瓊浦が3冠(選抜、インターハイ、国体)」という声も聞こえてきた。

 順風満帆だったが、やはり日本一の壁は、簡単に越えさせてはくれなかった。3冠へのスタートとなった選抜。順当に決勝に進んだが、最後は大分国際情報(大分)に1点差で敗れた。油断、慢心があったのか…。チームは実力を発揮できずに終わった。

計13得点をマークした岩永
岩永生
2001年の熊本インターハイハンドボール男子決勝、大分国際情報―瓊浦。計13得点をマークした岩永=熊本県山鹿市総合体育館 「最高の瞬間だった」と日本一に輝いた夏を語る岩永生(筑波大2年)=茨城県つくば市
 それだけに最後の夏にかける思いは熱かった。「絶対に勝つしかなかった。何よりも僕たちを育ててくれた新井先生に恩返しがしたかった」。ハンドボールをやりやすい環境整備をしてくれた恩師へ金メダルをささげたい。その思いで一丸となったチームは、決勝で大分国際情報に雪辱。悲願の日本一に輝いた。

 優勝が決まった後、選手たちは涙で目を潤ませた新井監督を胴上げした。「今、振り返ってみても最高の瞬間だったし、最高のチームだった。小川がゲームをつくる、船木、前田、志水が守る、野口、大山が走る。だから僕が点を取りにいけた。みんなが自分の仕事をきっちりとやった」

 高校最後の夏は「一生忘れられない思い出」であり、これから日本代表を目指す岩永に勇気と自信を与えてくれている。 (この企画は運動部・城知哲、副島宏城、福岡一磨、西隆志が担当しました)

ゆめ総体に期待
 地元優勝なら最高
 僕たちも熊本でのインターハイだったから、たくさん応援の人が来てくれたが、今度は地元開催。とにかくうらやましい限りです。僕も友人たちが大勢見ている前で、プレーしたかったな。地元で優勝なんて最高でしょう。頑張ってください。

 いわなが・しょう 長崎市立深堀小4年からハンドボールを始め、瓊浦高では1年から3年連続インターハイ出場。8強、準優勝、優勝という成績を残した。高校2年からU―23日本代表に選出。昨季の全日本学生選手権準優勝、ベスト7。長崎市出身、19歳。

2003年4月28日長崎新聞掲載

長崎ゆめ総体