インターハイ あのとき
<8>
 忘れられない監督の涙
 サッカー 岩本文昭(長崎銀行)

 1986年の山口インターハイ。国見は決勝で中京(愛知)に3―2と逆転勝ちし、初の日本一に輝いた。以後、インターハイ、高校選手権合わせて8度の頂点に立つことになる国見のスタートライン。ゲームキャプテンだった岩本は「部員全員が小嶺忠敏監督(現総監督)の巨体を胴上げした。その時に監督がこぼした一粒の涙は忘れられない」と言う。

 努力、忍耐でつかんだ栄冠だった。国見は、岩本が2年だった前年の石川インターハイに初出場したが、1回戦で静岡北(静岡)にPK戦負け。そのまま新潟に移動し、「地獄の合宿」を行った。

 朝6時に起床し、7時に練習試合がキックオフ。毎日4試合をこなすハードスケジュールと暑さで、食事がのどを通らないほどの日々が約2週間も続いた。岩本は「きつかった」と顔をしかめるが、「あれで明らかに強くなった」。国見主体で臨んだ2カ月後の鳥取国体で準優勝し、全国で通用する手応えを感じた。

優勝旗を受け取る岩本
岩本文昭
1986年の山口インターハイで初の日本一。優勝旗を受け取る岩本=山口市

「夢は努力して勝ち取るもの」と語る岩本文昭(長崎銀行)=長崎市、長崎新聞社
 その後、毎日の走り込みでさらに体力を強化。翌年の山口インターハイ決勝は、中京に先手を許す苦しい展開になったものの、疲れの見える相手に対して国見の選手の体力は尽きることなく、猛攻を仕掛けて逆転した。

 数多くの得点を挙げたが、山口インターハイ初戦の前橋商(群馬)戦での得点が印象深い。「内臓が悪く、その時も体調を崩していたが、監督は自分を起用してくれた。0―0から残り2分で自分が決めて勝利。試合後、監督がすれ違う時に無言で手をぐっと握った。今からやるぞという気持ちを感じた」。それは、国見を初の頂点に導き始めるゴールだった。

 歓喜から5カ月後の高校選手権は全国制覇こそ成らなかったが、初出場で準優勝。3年間の努力は実を結んだ。岩本はあのころを思い出して「夢は努力して勝ち取るもの。目標を失わず、継続して頑張れば夢はかなう」とあらためて思う。「あの優勝は、今の暗い世の中で戦う勇気を与えてもくれる」


ゆめ総体に期待
 思いやる気持ちを
 メンバーに選ばれた選手は、選ばれなかった人の分まで頑張って、選ばれなかった人は精いっぱい応援してほしい。思いやる気持ちが輪になって、力を発揮できると思う。悔いは残してほしくない。地元開催でもあるし、全国制覇を期待する。

 いわもと・ふみあき 香焼小3年でサッカーを始め、国見高3年時に山口インターハイで全国制覇。全国高校選手権で初出場で準優勝、全日本高校選抜に選ばれた。駒沢大2年時に全日本大学選抜。現在、長崎銀行本店営業部勤務。西彼香焼町出身、35歳。

2003年4月26日長崎新聞掲載

長崎ゆめ総体