インターハイ あのとき
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 まさかの敗戦糧にV2
 相撲 下田圭将(日大2年)

 2000年の岐阜インターハイ、01年の熊本インターハイで2年連続団体優勝を飾った諫早農相撲部。下田圭将はチームの大黒柱として連覇に貢献しておきながら、それよりも「忘れられない一番」がある。脚光を浴びた一番ではなく、自身が土俵にバッタリ落ちた「悔やんでも悔やみきれない敗戦」だ。

 インターハイの相撲団体(5人1チーム)は、まず予選3試合(1―3回戦制)を行い、勝ち点が多い上位32校が決勝トーナメントに進む。当時の諫早農は、下田をはじめ、北園基嗣、布田慎吾の3本柱が高校2年時に岐阜インターハイで優勝。3人がそのまま残った翌年の熊本インターハイは、当然のように優勝候補筆頭に挙がっていた。

 その前評判通りに予選1回戦は5―0で岩瀬(茨城)に圧勝。同2回戦は同じく優勝候補の明徳義塾(高知)に2―3で競り負けたものの、ここまでは予想範囲内の結果。問題は同3回戦の市川(兵庫)戦だった。

下田圭将
豪快な上手出し投げを決める下田
2001年の熊本インターハイ相撲団体決勝、諫早農―金沢工。豪快な上手出し投げを決める下田=熊本県、宇土市民体育館特設相撲場
「最後に信じられるのは自分自身」と語る下田圭将(日大2年)=東京都内
 「力的には絶対に負けない相手」だったが、次ほう下田が突き落としでバッタリ。大将布田もはたき込みで倒れ、2―3でまさかの敗戦。1回戦の全勝などが効いて決勝トーナメントには進んだ。しかし、下田は「個人決勝など負けた試合もあるが、あの試合は僕にとって唯一の失敗。油断などないと思っていたが、心のどこかにすきがあったのかもしれない」

 これで気合を入れ直したのか、諫早農は決勝トーナメントで快進撃。下田自身も1回戦から5戦全勝。2年連続で日本一を勝ち取った。それでも、下田は「優勝はうれしかったけれど、僕としては完全ではなかった」と、高校最後の栄光の夏を、自らへの戒めとして胸に刻んでいる。

 下田の身長は173センチ、体重120キロ。大学相撲の選手としては小柄ながら、高校時代から練習量だけは「誰にも負けない」という自負がある。「体格は関係ない。強い人は強い」。けいこ量で日本一に駆け上がった下田の相撲哲学だ。


ゆめ総体に期待
 普段の力発揮して
 地元なので応援が多く、プレッシャーになるかもしれないが、普段の力を発揮してください。試合が始まれば、最後に信じられるのは自分自身。そのために、普段の練習をしっかりやることが大切だと思います。精いっぱい頑張ってください。

しもだ・けいしょう 島原二中3年時に全国都道府県対抗大会団体で3位入賞。諫早農高2年の岐阜インターハイで団体優勝。同3年の熊本インターハイで団体V2、個人準優勝。昨年12月の全日本アマチュア選手権では準優勝に輝いた。島原市出身、19歳。

2003年4月22日長崎新聞掲載

長崎ゆめ総体