現職市長の伊藤一長が凶弾に倒れ、当初、無風と予想された長崎市長選は一変した。投票三日前の補充立候補受付で伊藤の部下の田上富久(50)、娘婿の横尾誠(40)が加わり、従来の政治勢力が入り乱れた混戦を、わずか九百五十三票差で田上が制した。異例ずくめの今回の選挙に、市民は何を求めたのか、その結果が今後に何をもたらすのかを考える。(敬称略)

市民は何を選んだか 急転 長崎市長選
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一夜明けて
  見えない政策、人物像


 二十三日朝、初めての記者会見に臨む田上は、タクシーで長崎市役所に降り立った。「緊張しています」とひと言。つい四日前まで一職員にすぎなかった人物が、四十五万市民の暮らしを預かる行政トップに登り詰めた。付き添う二人の秘書課職員が、置かれた立場の変化を象徴していた。

 温和な表情、ぼくとつな話しぶりは以前と変わらない。ただ、裏金の処理に関する質問に、顔を一瞬こわばらせた。田上は立候補の会見で、職員による裏金の返還を否定した。この日も同様に答えたが、「外部調査は返還の検討を求めている」との記者の指摘に「時間をかけて検討させてほしい」と訂正した。

 会見終了からほどなく、選挙で田上を支援した長崎商工会議所メンバーの元に「田上が会見で新幹線誘致を否定した」との情報が入った。会議所は新幹線推進の立場である。慌てて情報を集め、事実でないと分かって胸をなでおろした。

 田上が出馬表明した十九日、伊藤に代わる候補を模索していた政財界は揺れた。「何者?」「黒幕はだれだ」−いくら調べても、さるく博の起案者で、市民団体とつながりがあることぐらいしか分からなかった。事実、それがすべてだった。

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田上富久氏が市長として初めて臨んだ記者会見=長崎市役所
 翌二十日。知事の金子原二郎は、県三役会議で漏らした。「定年まであと十年もあるのに、それを棒に振って選挙に出るんだよ。並大抵の勇気じゃない」。こうした空気は経済界や議員の間にも広がった。政策的な検討はほとんどされないまま、急速に支援の輪が拡大していった。

 二十三日午後。銃撃現場となった伊藤の選挙事務所には、引き続き多くの市民が記帳に訪れた。伊藤の自宅は静かだった。女性がインターホン越しに「マスコミの取材には一切答えません」と言った。

 横尾は伊藤の妻や自身の妻とともに街頭に立ち、涙で支持を訴えた。「女性の受け止め方が象徴的だった。横尾の人物評価は少なかったが、田上は人がいい、仕事ができると、いい話ばかり。二人とも知らないはずなのに…」。選対幹部は明かす。理不尽な犯罪で肉親を失った遺族の悲しみ−生々しい現実の前に、横尾の存在感は薄れていった。

 横尾と十数年来の友人だという男性は「残念。彼は長崎のためにいろんなことができたはずだ」と言いながら付け加えた。「でも今回、市民が彼を選ばなかったことで、長崎はまだ捨てたもんじゃない、と思う」

 伊藤が耕した土の上に、天から一粒の種が落ちてきた。どんな花が咲くのか、市民は注意深く見守っている。

2007年4月24日長崎新聞掲載


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